私が扉を開いたその瞬間、まるで時間が止まったかのような錯覚に襲われた。


「………あちゃー…」


私の隣で小さく呟いたのは、他でもない、ここまで一緒に来たブン太だった。
……ちょ、っと。状況がつかめないんだけど、これはあれかな。
まーくんも三宅さんも、2人してびっくりしたまま黙ってるってことは、何か大切な話でもしてたのかな。


「…どう したん、」

「…いや、えーっと…ブン太が髪の毛やってくれるっていうから、お願いしようと思って。ピンとかゴムとか取りに来たんだ、けど」


お邪魔だったみたいだね。
ブン太だけに聞こえる程度の小さな声で言えば、奴は少し気まずそうに顔を歪めて頭を掻いた。
……なるほど。この2人には、私の知らない何かがあるらしい。


「芽衣子、バッグ開けんぞ」

「え、」


イエスもノーも聞かずに歩き出したブン太は、扉を開けてすぐそこの私の席の横にかけたバッグを開き、中からポーチを取り出す。


「これ?」

「う、ん」

「じゃあ行くぞ」

「え、ちょッ待、」


手をグイと引っ張ったブン太は、私の制止も無視してずんずんと進んでいく。
ちょっと待って、いろいろといきなりすぎるというか置いてけぼりになっちゃって、私もうわけがわからないんだけ、どッ。


「芽衣子」

「え、」

「あいつらには、何も聞くな」


教室からしばらく行ったところで立ち止まったブン太は、いつもと違う、真剣そうな声で言った。
どうしてそんなこと言うの、そう言おうとしたけれど、私の手首をつかんだブン太の力があまりに強かったから、私はもう何も言えなかった。










「髪、やるぞ」


5分くらい前と同じ体育館の隅、けれど今私がいるのは、人目につかない倉庫の入り口を少し入った場所。
どうしてこんなところに入るの、と聞いた私に「仁王に見つかりたくねーから」とだけ言ったブン太に、私はつい黙り込んでしまった。

それから、何秒くらい経っただろう。
わずかに間を置いて私のポーチからピンやゴムを取り出したブン太は、わずかな光を頼りに、私の髪にそっと触れた。


「やっぱ、全部あげた方がいいよな」

「…動きやすくて、かつ寝転がっても邪魔にならないなら何でもいい」

「ん、わかった」


…何を話したら、いいんだろう。
つい5分くらい前とは天と地ほどの差がある心境にそう思うも、答えなんてわからなかった。

あいつらには聞くな。
そのブン太の言葉の真意はわからないままだし、だからといって全然関係ない話をするのもわざとらしい気がする。そもそもどうして私がここまで考えなきゃいけないんだ、ブン太とまーくんの馬鹿。
心の内で悪態をついた時、ブン太の手が私の耳に触れ、私の肩がびくりと震える。


「あ、わり」

「…いや、ううん。大丈夫」


……わ、また沈黙。
いつも馬鹿みたいに騒いでる上、私たちの間にこういう重い空気が流れたことなんて一度もなかったから、どうしていいかわからなくなる。
そう内心ため息を吐いたと同時に、ポケットに入っていた携帯が震え、その存在を思い出した。


「……あ、」

「…どうした?」

「柳くんから、LINEきた」


どこにいるんだ、だって。
薄暗い倉庫の中でひときわ眩しいそれを向ければ、一瞬手を止めたブン太が携帯を眺めた。


「試合終わったのかな、あいつも」

「そうじゃないかな。えーと…倉庫だよ、っと」


短く入力して送信すれば、すぐについた“既読”の文字。
なるほど、柳くんがここにやってくるのもそう遠くはな、「…お前たち、どうしてこんなところにいるんだ?」


「わ、びっくりした…ッ」

「お前試合終わったの?」

「ああ、ちょうど今さっきな」

「勝った?」

「もちろんだ」


丸井は谷岡の髪を結んでいたのか。
薄暗い体育倉庫の中を見渡しながら言う柳くんは、ついさっきまで試合をしていたというのに、汗ひとつかいていないみたいだった。

…涼しそうだな、柳くん。


「…柳くん、もうちょっとこっち来て。私の目の前」

「ん?ああ、」


反動をつけて壁から離れた柳くんは、数歩歩いて私の目の前にしゃがむ。
そうそう、そんな感じ。心なしか涼しくなってきたような気がする。


「どうした?」

「何が?」

「突然来いと言っただろう」

「…いや、柳くんって涼しそうだから。近くに来てくれたらもっと涼しくなるかも、って思って」


言いながら柳くんの腕にピタリと手を乗せれば、きっと気のせいだろうけど、少しだけひんやりしている気がした。
…サーモグラフィーとかで見たら、柳くんって真っ青だったりして。


「お前は仁王のようなことを言うな」

「…な んで、ここでまーくんが出てくるの、」

「あいつも同じこと言ってたんだよ、前に」


私の問いに答えたのは、ブン太だった。
…別に私は何も悪いことをしていないというのに、っていうか、誰も悪いことなんてしてないのに、どうしてまーくんの名前を聞いただけで、“やばい”と思ってしまうんだろう。
ブン太の言葉に黙りこくれば、そういえば、と柳くんが口を開いた。


「仁王はどうした?」

「……………」

「……………」

「…お前たち、どうしたんだ?」


さっきから様子がおかしいぞ、と言った柳くんは、きっと眉間に皺を寄せているんだろう。
この薄暗さと私がうつむいてるせいではっきりとはわからないけれど、なぜだか、そんな気がした。


「…丸井、何かあったのか?」

「……別に、何もねーよ」


ぶっきらぼうな声で、ブン太が言う。


「たまたま教室行ったら、たまたま仁王と三宅が2人で話してただけ」


別に、それだけだ。

目の前に座る柳くんが、息を呑んだのがわかった。



  


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