「おい、芽衣子」
怒涛の応援しろラッシュに疲れ切った、午前11時過ぎ。
体育館の隅に寝転んだ私は、何者かに頬を突かれ目を開いた。
「…あ、ぶんた」
「どうしたんだよお前、元気なさすぎだろぃ」
「…つかれた」
グラウンドでサッカーの試合でもしてきたのだろうか。
首から下げたタオルで滴る汗を拭うブン太は、張り付いた前髪を払うように、私の額に手を伸ばす。
「あーあ、すげー汗かいてんじゃん」
「……うん」
体育館内の熱気、炎天下での応援、繰り返される頻繁なそれらの行き来。
いくつもの要因が重なってだるくなってきちゃったんだろうな、と思いながら、額を撫でるブン太の手の心地よさに再び目を閉じる。
「他の奴らは?」
「ジャッカルくんは審判で、あとは全員試合」
「…仁王は?」
「教室に置いといた汗ふきシート取りに行った。私が暑そうだからって」
「なるほどね」
だからひとりだったのか。
納得した様子のブン太の声がしたかと思えば頬に感じた冷たさに、思わず目を見開いた。
「な、にッ」
「水。飲みかけだけど飲む?」
「…飲む」
買ってきたばかりなのか、水滴が付いたペットボトルをちらつかせたブン太は私の腕をつかみ、ゆっくりと体を起こさせる。
そうしてキャップも外されたペットボトルを受け取り口をつければ……あー、冷たさが全身にしみわたる。お水ってこんなにおいしかったっけ。
「…ん、ありがと」
「おう。つーか芽衣子、マジで大丈夫か?首んとことか汗すげーけど」
「…あつい」
うだるような熱気に包まれて言えば、さっき手放したばかりのペットボトルが首筋に当たる。
はあー…ひんやりしてて気持ちいい。
「髪、やってやろーか?」
「…髪?」
「まだ終わらねーし、おろしたままだと暑いだろ」
だらりと垂れた髪を一束つかめば、確かにブン太の言い分にも納得した。
…話を聞けば、どうやらブン太はこの後しばらく試合はないみたいだし、お願いしようかな。
「…うん、やって。ポーチとってくるから」
「俺も暇だし…っつーか、途中で倒れられてもアレだし一緒に行くわ」
「そこまでやわじゃないけど」
「お前、そういうのは今の自分の顔見てから言えよ」
ほら、行くぞ。
再び私の腕をつかんだブン太によって立ち上がらされた私は、重い足取りで教室へと向かった。
「どこやったかのう…」
教室のロッカーを漁り、シートを探すも見当たらない。
持ってく予定にはなかったスプレーはさっさと見つかったのに、何でシートがないんじゃ。早く芽衣子んとこ戻ってやりたいのに。
そう眉をひそめる俺は、喧騒から離れ、一人教室でロッカーの中を覗き込んだ。
「はー…」
帰ってくるの遅いって、芽衣子心配しとるかな。
まあ学校の中にいて心配するも何もないか、と自嘲しながら、最後にシートを使った時のことを考える。
えーと、確かあれは………あ、
「…さいッあくじゃ」
ここじゃない、部室じゃ。
スプレーは教室に置いといてシートは部室に置いとこうと、それぞれ置き場所を変えとったことを今更思い出し、俺は一人うなだれる。
あー…もうマジで最悪じゃ。
だからって芽衣子がだるそうなのに取りに行かんって選択肢もないし、けどこのタイミングで部室入んなら職員室で鍵もらわんといけんし…でも教師はみんな体育館に集まっとるけ、もし行くなら体育館寄って、先生と一緒に職員室行って鍵受け取ってからじゃし。ああめんどい。
シートを探すためいったん取り出していた教科書類を戻しながら考えれば、“めんどい”という言葉が頭の中を埋め尽くした。
その時、だった。
ガラガラガラッ
開いた教室の扉の音に、ああ芽衣子か、と少し気分が高揚した。
けど考えてみりゃ芽衣子は暑さにやられとるわけじゃし、ここまで来させとうなかったな。
そんなことを思いながら、俺は口を開く。
「あー、すまん芽衣子。シートは部室に置いとったみたいじゃ」
そう言うも、返事はない。
不審に思って、視界を遮っとったロッカーの扉から、何気なく顔を覗かせる。
そして俺はその時、そこにいた人物に。
「 みや、け」
「…そう呼んでくれたの、久しぶりだ」
そいつが口にした言葉に、俺の頭の中は、真っ白になった。