両親による衝撃的な発言から数時間。
ディスプレイに表示された名前を眺め意気込んだわたしは、発信ボタンを押して携帯を耳に当てた。
『もしもし、芽衣子?』
「あ、まーくん?」
『おー、久しぶりじゃな』
「先週も話したでしょ」
『そうか?覚えとらん』
そう言ったまーくんの声はあまりにもいつも通り。
…もしかして、まだあの話を聞いていないのだろうか。
「あのさ、まだ聞いてない?」
『ん?』
「うちのお父さんたちのアレ」
『あー、フランスか。聞いた聞いた』
ちょ、なら何でそんな平然としてんの。
わたしがそう言うより早く『お前さんこっち来るんじゃろ』と言ったまーくんは、しばらく会わない間にどんなことを経験したというのだろう。
わたしはこんなにも混乱してるのに、何であんたは普通に受け入れてるんだ。
「…わたし、まーくんの家に住むだとかって話聞かされたんだけど」
『うん、合っとる』
「え、なに、嫌じゃないの?」
『別にいとこじゃし。実際芽衣子行き場ないんじゃろ?』
それはまあ、そうだけど。
返す言葉もなく黙り込めば、電話の向こうのまーくんが楽しそうに笑う。
『まあ俺の1人暮らしも棚ぼた的な感じやし、気にせんでええよ』
「…そうだよ、そもそも何でまーくん1人暮らしすんの。まだ高2のくせに」
『4月からは高3ですー』
「知ってますーわたしもですー」
…うん、自分でやっといてアレだけど、馬鹿みたいだなこのやり取り。
そんなことを思いながら、疑問に対するまーくんの返事を待つ。
『あれ。姉貴が彼氏と別れた』
「同棲してたの?」
『いや、同棲する予定で借りたんじゃけど』
相手が浮気しとったらしい。
その言葉になんて返していいかわからずまたも黙っていると、まーくんはその続きを話し始める。
『それを機に別れたんじゃけど、そんならってんで俺が代わりに住むことにしたんじゃ。元々高校卒業したら家出るつもりやったしのう』
「へえ」
『契約金もほとんど返ってこんらしいし、タイミングよかったな』
いや、良過ぎでしょ。
苦笑しながら「そうだね」と返せば、案の方と言えば案の定、学校についての疑問を投げかけられた。
「お母さんはまーくんと同じ学校にすればって言ってた」
『あー、芽衣子大学行くんか』
「うん、まだ方向性とかは決めてないけど、とりあえず大学は行く」
『うちエスカレーターじゃけ、多分楽に行けるぜよ』
「お父さんもそれ言ってたわ…」
けど、本当にまーくんの言う通り楽に進学出来るなら、まーくんと同じ学校に入ってもいいかもしれない。
事実お母さんが言ってたように、知り合い(というレベルを超えているけども)がいた方が、わたしとしても安心出来るだろうし。
「まあ、もしそうなったらよろしく」
『ん、なんかあったらまたいつでも連絡しんしゃい』
「ありがと」
耳元から離した携帯を握り、これからのことを考える。
まさかこんな形になるなんて思いもしなかったけれど、それでもまーくんがああ言ってくれるなら、わたしはそれに甘えてもいいのだろうか。
「……なに考えてんだわたし」
いいのかな、なんて、それしかないっていうのに。
自嘲気味にため息を吐いてベッドにもぐりこめば、この家と別れる寂しさに少しだけ胸が苦しくなった気がした。