「面白かったね」
「ここ最近のホラー映画の中では3本の指に入る出来でした」
「日吉くんも満足したようでよかった」
映画館を出て数分。
楽しげに談笑する芽衣子と日吉を凝視しながら、俺もまた、奴らのあとを追い歩いていた。
「あ」
俺の数メートル先を歩いていた芽衣子は、そう声をあげて急に立ち止まった。
なんじゃいきなり…なんて思いながら芽衣子の視線を追えば、そこには色とりどりのケーキが並ぶショーケース。
「…あ、ごめん。ちょっと見ていい?」
「ええ、構いませんが」
「ごめんね」
言いながら腰を屈め、ケーキを眺める芽衣子の表情は真剣そのものだった。
確かに芽衣子は食いもん好きじゃし、甘いもんも好きじゃけど…わざわざ日吉と出かけてる最中に足を止めてまで何をしとるんじゃ、と眉をひそめていると。
「買って帰るんですか?」
「うん。ここのにするかはわからないけど、まーくんにね」
その言葉に、俺の心臓が一瞬止まりかけた気がした。
なんじゃ、どういうことじゃ。そう思いながら芽衣子の声に耳を傾ければ、
「お土産いるか聞いたらいらないって言ってたんだけどね。まーくん一人で待ってるしさ」
「いらないって言ってたならいいんじゃないんですか?」
「まあそうかもだけど。本心は別にしても、一応は送り出してくれたしね」
甘いもの好きじゃないけど、甘さ控えめだったらきっと喜んでくれるから。
そう言って笑った芽衣子の顔は日吉に向けられとったけど、その笑顔の理由が俺だと思ったら、とてつもなく嬉しくて。
そしてその気持ちを上回ったのは、芽衣子に対する罪悪感じゃった。
「………柳生」
「どうしました?」
「帰るぜよ」
そう小さな声で呟けば、隣の柳生が一瞬目を見開いた気がした。
「帰るって…突然どうしたんですか?」
「…自分の卑怯さっちゅーか、汚れた思考っちゅーか、女々しさっちゅーか…まあとにかく、そういうのに嫌気がさしただけじゃ」
「…いいんですか?」
「ん」
芽衣子が日吉と出かけとるっちゅーのは確かに気に食わん。面白くなか。
好きな女がほかの男と楽しげに過ごしとる姿を見て喜ぶ男なんて、この世には存在しないじゃろう。俺だってそうじゃ。
そして俺は、そんな芽衣子の姿に、自分の存在を忘れられとるような気がした。
芽衣子は俺のことなんて忘れて日吉と笑い合って、ただ純粋に女の子として、男の日吉との休日を楽しんどるような。
あいつの中に俺の存在なんてないような気がして、俺はきっと。
「あ、日吉やん」
けど俺はもう、芽衣子の中に俺がおることがわかったから。
そう思って踵を返した時、背後から聞こえてきたその声に足を止めた。
「…あ、忍足さん」
「…あ、本当だ。忍足くんだ」
「芽衣子ちゃんも一緒やったんや。久しぶりやな」
「う、ん。久しぶり」
忍足?え、なんでこんなとこに。
そう思って顔だけを後ろに向ければ、俺の目には4人の見知った人物の顔が飛び込んできた。
「おー日吉やん!久しぶりやな!」
「大阪の忍足さんは本当に久しぶりですね」
「…大阪の忍足さん?」
「こいつ謙也や。俺のいとこの」
「…ああ、前にまーくんが言ってた人っ、確かに写メと同じ顔してるッ」
「は、写メ?」
おいおい、なんちゅー偶然じゃ…
芽衣子の驚く声に耳を傾けながら、目を丸くした俺は4人を眺め続ける。
そして俺は、
「……ん?」
「…?どうしたんですか?」
「いや、あそこにおるのって、」
数秒前、すぐさま歩き出さなかった自分自身に。
「立海の…柳生やったっけ?」
あの時こいつを連れてきた自分自身に、心底後悔した。