「…見失ったらどうしよ」


俺の数メートル前を歩く芽衣子に聞こえない程度の声で呟きながら、目をこらしてあいつの姿を追う。

午前11時45分頃。
柳用の黒髪のウィッグに柳生用の伊達眼鏡を装備した俺は、さながらストーカーのようだと自嘲した。

ちょうど、その時だった。


「っ、」


改札を抜け、芽衣子から目を離さないよう注意しながらホームを歩いていた俺の肩に、軽い衝撃が走った。
どうやら誰かにぶつかってしまったらしい。
そうして咄嗟に、反射的に謝りかけた俺は、振り返った瞬間目を見張った。


「すま、「おや?」


そして耳に届いてきたその声に、自然と眉をひそめた。


「ああ、仁王くんではありませんか。偶ぜ、「ちぃと静かにしんしゃい、芽衣子にバレたらどうするんじゃ!」


謝りかけた際の声で俺だと気付いたんじゃろう。
俺はとらえた奴の姿に、聞こえた声に、瞬時に近づいてそいつの口を押さえつつ叫んだ。
ひそひそとした小さな声ではあったが、芽衣子の姿を見失わないよう気にしつつ、俺は叫んだ。


「おまん、なんでここにおるんじゃ」

「先日少し先の駅に大型の本屋ができたのですが、品ぞろえが良いという話を耳にしたので行ってみようかと」

「…そか」


俺の左手をやんわりと外した柳生は、事情は分からないまでも俺に合わせてくれたのか、さっきよりも小さな声で囁いた。


「それで、仁王くんは何をしているんですか?先ほど、谷岡さんがどうとか仰っていましたが」

「……………」


ここで正直に話し解放したところで、きっと柳生は芽衣子に連絡をするだろう。
そうすれば俺の計画はパーじゃ。台無しじゃ。

だからと言って、黙っていたとしても不審に思った柳生は芽衣子に連絡をするだろう。
おそらくは、『先程駅で、何やら変装をした仁王くんに会ったのですが』といった風に。
それでも結局、俺の計画はパー。台無しになるんじゃろう。


と、なれば。


「柳生」

「はい?」

「悪いが本屋はまた今度じゃ」

「…はい?」

「ちぃと付き合いんしゃい」


取り込んでしまえばこっちのもんじゃ。
人数が増えればその分注意を向ける対象が増えることになるが、当初の予定が狂うよりはマシなり。
そう思いながら柳生の肩に手を回せば、柳生は小さな声で抗議する。


「ちょっ…え、どういうことですか仁王くんッ」

「とりあえずついてきんしゃい。詳しいことはあとで説明するけ」

「そんな目的もわからずに黙ってついていくだなんてことができるわけ、「月曜日ところてん買ってってやるきに」

「……………」


ちょろい。
はあ、とため息を吐いた柳生にそんなことを思いながら、俺は芽衣子のあとを追った。










「…で、どういうことなのか説明していただけますか」

「まあ簡単に言えば、尾行じゃ」

「………」


現在11時50分。
東京方面の電車に乗り込み、ぼうっと景色を眺める芽衣子を隣の車両から注視しながら、俺は即答した。
見んでもわかる。こいつは今絶対、軽蔑や呆れを孕んだ眼差しをしとる。


「どうしてそんなことを?」

「決まっとるじゃろ。心配だからじゃ」

「だからといってそこまでするとは…谷岡さんにはプライバシーってものがないじゃないですか」

「それ日吉にも言われた」


けどそれがなんじゃ。
俺は相変わらず芽衣子から視線を逸らさずに言った。


「気持ちはわからないでもないですよ。想いを寄せている方がほかの男と遊びに行くだなんて面白くはないでしょうし」

「じゃろ?」

「しかし、尾行というのは感心しませんね。そもそも日吉くんは軟派な人間ではないと思いますが」

「男はみんなオオカミじゃ」

「なるほど、蛇の道は蛇ですか」

「……………」


ところてんに釣られてついてきたくせに、こいつちょっと刺々し過ぎやせんか。

俺だって、褒められたことをしとらんってことくらいわかっとる。重々承知じゃそんなもん。
だからといって俺は、好きな女がほかの男と遊びに行くという状況に対し、さあどうぞ楽しんでこいと言えるほど自信に溢れた人間じゃない。

好きだから嫌じゃけど、俺には止める権利はない。
でも、それでも、心配で不安で、面白くないんじゃ。


「…仕方ない方ですね、あなたは」

「俺だって他の方法は考えたんじゃ。でも芽衣子はホラー好きじゃし、日吉と約束取り付けた以上、俺が一緒に行ってやるけ断れだなんてこと言えん」

「それはそうかもしれませんが」


そう言って柳生は、会って数分だというのに5回だか6回目のため息を吐いた。


「…とにかく、こうなってしまった以上後戻りができないことくらい私にもわかります。あなたを1人にすれば後で何をしでかすかわかりませんし、かと言って谷岡さんに連絡をすれば、きっと彼女は映画どころではないでしょう。それは日吉くんにとっても、楽しみだった予定が潰されるということですからね」

「わかっとんならええんじゃ」


そう言ったと同時に、左ポケットに入れとった携帯が静かに震える。
こんな時になんじゃ、とせわしなく鳴る携帯に苛立ちつつもとりだせば、



【なにかお土産買って帰ろうか?】



「……………」



すまん。こんな俺ですまん、芽衣子。
俺が尾行なんてしとるとも知らず連絡を寄越してきた芽衣子に、言い知れぬ罪悪感がつのった。



  


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -