「あ、」
ヴー、ヴー、と低く唸る携帯に気付いて、お弁当をつつく手を止めた。
場所は屋上。
平熱程度まで熱の下がったわたしは、まーくんの反対を押し切り、1日ぶりに登校した。
もう1日くらい休まなくて大丈夫なのか、なんて風に柳生くんとかジャッカルくんは心配してくれてたけど、病は気からっていうしね。事実現時点でのわたしは万全である。
まーくんのおかげか、みんなのお見舞いやパピコのおかげか、はたまた気合か。
恐らくはそのすべてによってだろう、すっかり体調も良くなったわたしは、あたたかい日射しの注ぐ青空の下お弁当をつついていたみんなの輪から抜けようと立ち上がった。
「電話っすか?」
「うん」
ちょっと向こうで話してくる。
立ち上がった瞬間かけられた問いに短く答え、そう言ってみんなからわずかに離れる。
そうか、そういえばもうすぐだったんだな。
心の中でそう思いながら携帯を耳に当てれば、数日ぶりに聞く彼の声に少し気分が高揚する。
『日吉です。今大丈夫ですか?』
「うん、大丈夫だよ」
『昼休み中ですよね。突然かけてすみません』
「いやいや、気にしないで。大丈夫」
まーくんは無愛想とかって言ってたけど、日吉くんっていいこだよなあ。
確かに愛想がいいとは言えないかもだけど、普通にしてれば全然問題ないし。わたしだって愛想よくはないだろうからなにも言えない。
『それで、日曜のことなんですけど』
「うん」
『待ち合わせの時間は昼頃でいいですか?』
「うん、いいよ」
合流してお昼を食べるって感じだろうな、きっと。
そう思いながら電話口にも関わらずうなづけば、日吉くんがまた口を開いた。
『場所は…わざわざ来させてしまうのもアレですし、俺がそっち行きますよ』
「え、いいよ悪いから。それにわたし、住んでるだけでこの辺のこと全然わかんないし」
『じゃあ都内でいいんですか?』
「うん、むしろそっちの方がいいかな」
おいしいお店だとかどこになにがあるだとか全然知らないし、だったら都内で日吉くんの案内のもとさくさく行けた方が楽だ。
別に東京まですごい遠いってわけでもないしね。
『それじゃ、日曜の昼に――…』
「電話終わったんか」
「うん」
待ち合わせの場所も、時間も、とりあえずは決まった。
一気に現実味を帯びてきた日吉くんとの約束に少しだけわくわくしながら輪に戻れば、わずかに眉をひそめたまーくんが声をかけてきた。
「どーせ日吉じゃろ」
「え、なんでわかったの」
「なんとなく。会話の内容的に」
なんだ、悪いからって輪から抜けたのに聞こえてたのか。
だから不機嫌そうなのか、と納得しながら再び箸を手にすれば、やけに楽しそうな幸村が笑う。
「待ち合わせとかいろいろ決まったの?」
「うん、まあ」
「平日は部活三昧だからな。たまには羽を伸ばしてこい」
「うん」
柳くんの言葉に小さく笑えば、まーくんの表情がさらに不満げになる。
けれどその表情は、すぐに笑顔に変わって。
「…え、どうしたの」
「なんでもなか」
変なまーくん。
そう思いながらお弁当をつつくわたしは、まーくんの笑顔の理由も、柳くんやジャッカルくん、柳生くんのため息や苦笑の理由も、なにもかも知らなかった。