「いいのですか?」
「なにが?」
「仁王くんのことです」
携帯を耳から離した直後、背後から声をかけてきたのは柳生だった。
「休むことを許可したんですよね?」
「うん。良くなってはきてるみたいだけど、芽衣子もまだつらそうだったしね。なんで?」
「ああ、特に深い理由はないんです。ただ――…」
珍しいな、と思いまして。
わずかに間をあけて言った柳生は、眉尻を下げて笑った。
「俺が仁王を休ませると思わなかったって?」
「いえ、そこまでは思ってませんよ。しかし、さっきの電話の相手は谷岡さんですよね?」
「うん、そうだよ」
「休ませてやれ、とまで言うとは予想外だったんです」
ああ、そういうことかと納得した。
そしてその瞬間思ったことは、相手が芽衣子じゃなくても俺は仁王を休ませたか、ということだった。
けれど、そんなのわかりきっていて。
「芽衣子が来てからの仁王はちゃんと部活にも出てるし、今日くらいはね」
「これまでとは大違いですからね」
「中等部の頃からだったけど、仁王のサボリ癖はひどかったからな。芽衣子が来た途端サボらないようになったし、本当変わるもんだね」
「わたしも驚きました。あの仁王くんがあそこまで変わるのかと」
「うん。仁王も男だったってことだ」
じりじりと照りつけ始めた日射しを感じながら、ジャージをひるがえし柳生に目配せをする。
「あれで気付くなって方が無理だよね」
「ええ、無理ですね」
クスクスと小さく笑う柳生につられて、俺も自然と笑みがこぼれる。
今頃ここから10分ほどの家で、あいつはきっと、眉尻を下げながら具合の悪い芽衣子を心配そうに眺めているんだろう。
「うまくいくといいんだけどな」
「はい。わたしもそう願っています」
「でも邪魔したいとも思っちゃうんだよね」
「ほ、程々にお願いしますね」
仁王くん、きっとそういう方面は弱い方ですから。
今にも冷や汗でも流しそうな表情で言った柳生に「冗談だよ」と笑えば、あからさまにホッとした。まあ、いたずらしたいっていうのは本当に思ってるんだけど。
「よし、それじゃあ朝練再開しよう」
「ええ」
柳生と視線を交わし、仁王と芽衣子のことを思う。
そのさなか見上げた空は、昨日の雨なんて嘘のように晴れ渡っていた。