「………」


なんか、さむい。

椅子の上で体育座りをし、伸ばしたジャージで足全体を覆い、一番上までチャックを上げた襟元に顔を埋める。
それでもちっとも変わらない寒さにうつむけば、まーくんが顔を覗き込んだ。


「寒いん?」

「……さむい」

「柳、手でええから熱計ってやって」


そう言うなり立ち上がったまーくんは、どこかに向かって歩いてく。
ひんやりとした柳くんの手を額に感じながら見れば、彼はロッカーからジャージを取り出していた。


「少し熱いな。顔色もあまり良くない」

「え、先輩大丈夫っすか?」

「…うん、大丈夫だよ」

「ほれ、これ着んしゃい」


そうは言われたけど、動きたくない。
少しでも動いたら体温が逃げてしまうような気がして微動だにせずにいれば、焦れたらしいまーくんがわたしの肩にジャージを羽織らせた。


「おいおい、大丈夫か?これ食う?」

「……あーん」


だから動きたくないんだって。
チョコのついたクッキーをわたしに差し出したブン太にそう思いながら、大きく口を開けて応える。うん、おいしい。けど口の中パサパサだ。


「…みず、」

「ほら。落とすなよ」

「…ありがとう」


無意識のうちに出た声に、柳くんがすぐさまペットボトルを差し出してくれた。
……これは流石に、動かないわけにいかないよね。そう思って受け取ったペットボトルの水を飲めば、ぬるくなったそれがじっとりと体に沁み渡った。


「柳、俺ら今日はもう帰るき幸村に言っといて。芽衣子んことさっさと風呂入れたいきに」

「ああ、わかった」


わたしのバッグを手にして言ったまーくんは、行くぜよ、と肩に軽く手を置く。
…あれ、でも、


「…傘、ないよ」

「………あ」


まーくんが短く言えば、バツの悪そうなブン太が「わりぃ」と呟いた。
別に責めたいわけでもなんでもないし、気にしないでほしいんだけど…事実傘がないんじゃ帰りようがないしな。

と、思っていると。


「俺の傘を貸そう」

「…え、でもそれじゃ柳くんが」

「帰る前にお前たちの家に寄るさ。それまでは誰かの傘に入れてもらうから、お前はなにも気にするな」


本当にいいのかな、大丈夫かな。
そう思って口ごもれば、念を押すように「大丈夫だ」と柳くんが言った。


「すまんの、じゃあちと借りるぜよ」

「ああ」

「芽衣子、立てるか?」

「…うん」


引っ張り上げられるようにして立てば、頭がくらっと揺れる。
鉛のように重くなった足取りで開かれたドアの向こうを見れば、暗い空から降り注ぐ雨にため息が出た。










『仁王、谷岡はどうだ?』

「今風呂入らせとる。まだ微熱って感じじゃけど、もしかしたらこれから上がるかもしれんな」

『そうか』


家に着いて数分。
柳からの着信に出れば、電話の向こうから「行くよ」という幸村の声がした。


「もう出るとこか?」

『ああ。もし必要そうなものがあれば買って行こうと思ってな』

「気が利くのう。ありがとさん」


できる限り一緒にいてやりたい俺としては願ってもない言葉じゃ。
その言葉は飲み込んで言えば、柳が一瞬だけ黙った。


『…思っていたより余裕そうだな。もっと焦るものかと思ったが』

「あー…まあな。ただの風邪っちゅーのもあるけど、」

『けど?』

「あいつにゃ悪いが、嬉しいんじゃ」


わずかに笑って言えば、嬉しい?と怪訝そうな声で柳が聞き返してくる。
怖い怖い、そんなあくどい理由じゃないっちゅーのに。


『頼られることが嬉しいのか?』

「それもあるにはあるが……芽衣子な、風邪引いたの久しぶりなんじゃ」

『それがどう今の言葉につながる?』

「まあ聞きんしゃい。…あいつの親共働きでのう、それこそあいつが風邪のひとつも引けんくらい忙しかったんじゃ」


芽衣子ちゃんが風邪引いたから、あんた様子見てきてあげて。
親にそう言われてあいつのとこに行った時のことは、今でも忘れられん。

ガランとした家の中で小さな芽衣子がひとり、苦しそうに寝とったこと。
俺が来たとわかった瞬間の安心した表情は、今でも夢に見そうなくらい鮮明に覚えとる。


「あいつがちっちゃい頃、めちゃくちゃ仕事が忙しくてな。親は仕事休めんし、だからって兄妹もおらん芽衣子じゃ。学校帰りには俺が様子見に行ったりもしてたけど、流石に休んでまで一緒にはおれんかったけんのう」

『……』

「そんでいつの間にか、風邪なんて引かんようになったんじゃ。寂しい思いしとったんが相当堪えたんじゃろうな」

『…なるほどな』

「だから、なんか嬉しいんじゃ。もう寂しくないって芽衣子の体が言っとるみたいで」


俺を頼ってくれとるみたいで。
俺と一緒なら大丈夫だって思ってもらえとるみたいで。
いつの間にか風邪なんか引けんくなっとった芽衣子が、弱さを見せてくれることが、どうしようもなく嬉しい。


『谷岡が聞いたら怒りそうだな』

「怒らんよ。馬鹿じゃないの、って照れながら言うくらいじゃ」

『流石、よくわかっているようだな』

「当たり前じゃろ」


いとこだから。好きな奴のことだから。
言葉にしないまま笑えば、わずかに雨音のようなものが聞こえてきた。


「出たん?」

『ああ。とりあえず冷却シートやゼリーなどを買って行けばいいか?』

「ん、頼むわ」

『わかった』


その言葉を最後に電話を切れば、洗面所から聞こえてきた浴室の扉を開く音。


めいっぱい甘やかして、早く元気にさせちゃろう。

今頃眉をひそめとるだろう芽衣子を思い浮かべ、ひそかにそう決意した。



  


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -