「ごめん、ほんっとにごめん…」
『…いや、いいですよ。苦労してるんだとは思いましたけど、珍しいものも見られた…というか、聞けましたし』
…珍しいものって、なんだろう。
申し訳なさすぎて謝ることしかできなかったわたしに日吉くんはそう放ったけど、ちょっと意味がわからない。
でも今はそんな疑問は置いておこう、いいですよって言ってくれたことだし、とりあえずはさっさと話を進めよう。
「えっと…それで、どうしたの?」
『ああ…谷岡さん、来週の日曜って空いてますか?』
「…来週の日曜?」
『はい』
「予定は特に入ってないけど…」
いきなりどうしたんだろう。
日吉くんの意図がこれっぽっちも読めず、わたしの頭の中はクエスチョンマークで満たされる。
『もし空いてるなら、映画見に行きませんか?』
「映画?」
『はい。映画館の無料利用チケットもらったんですよ』
「映画館の利用チケットってことは、見るのはどの映画でもいいの?」
『ええ、特に指定はありません』
映画のお誘いか。
嫌じゃないどころか日吉くんは比較的氷帝の中でも気に入ってる子だから普通に嬉しいけど、なんでわたしなんだろう。
そんなわたしの疑問は、すぐに解決することとなる。
『それで、谷岡さんさえよければ、昨日公開したばかりの新作のホラーを見に行かないかと思いまして』
「ホ、ホラー…!」
『どうですか?』
「それって今話題のやつだよねっ、CMとかでもしょっちゅうやってるやつ!」
『はい、あのホラー映画界では巨匠と謳われる監督のやつです』
「いく!」
一瞬にして解決した疑問に、つい笑みが浮かんでしまう。
わーわー、すごい見たかったんだよねあの映画。めちゃくちゃ嬉しいッ。
『ありがとうございます。周りにホラーが好きな奴もいないし、だからって使わないのももったいないと思ってたので』
「いやいやお礼言わなきゃいけないのはこっちの方だよッ、まーくん休みの日は家出たがらないし、わたしもひとりで見に行くのはアレだからレンタル開始してからにしようって諦めてたんだ」
『喜んでもらえたようでなによりです』
へへ、来週は映画か。
相手が氷帝の人とはいえ日吉くんは比較的話しやすい人だし、映画はものすごく見たかったやつだし、楽しみだなー。
『場所とか時間は近くになってから決めますか?』
「うん、それでいいよ」
『じゃあまた近くなったら連絡します』
東京に行くとしたら少しだけ時間かかるけど、まあ日吉くんのおかげで映画を見られることになるわけだからね。
そう思いながら「うん」と言えば、電話の向こうの彼がわずかに間を置いて再び口を開く。
『それじゃあ、おやすみなさい』
「おやすみ。またね」
互いにそう言い合って、電話を耳元から話す。
…ふう。ずっと見たかった映画が見られることになったのはいいけど、本当に迷惑かけちゃって申し訳なかったな。
そう思うと、今頃リビングで悪びれもせずに遊んでるだろうあいつらのことが少々恨めしくなってしまうわけで。
「…お説教するか」
邪魔されないようにとこもっていた自分の部屋を出て、短い廊下を歩く。
そうしてリビングに続くドアノブに手をかけて扉を開ければ、
「…………え、なんで正座してんの」
「…反省の証じゃ」
「…いや、わたしが言ったのは、なんで真田くんとジャッカルくんと柳生くんまで正座してるのかってことなんだけど」
確か馬鹿3人と柳くんと幸村だけが関係者だったはずだよね。
そう思いながら言えば、「連帯責任じゃ」とまーくんがのたまう。
「…それは連帯責任じゃなくて、理不尽っていうんだよ」
「谷岡さん…!」
「ありがとう谷岡、俺、お前はわかってくれる奴だって信じてたぜ!」
「フン、たわけどもが!」
「3人は足崩して。むしろごめんね、短い時間だとしても無実の罪だったのにこいつらのせいで正座することになっちゃって」
「くそ…なんでじゃ…」
くそじゃないよくそじゃ、この3人がそんなことするタイプじゃないってことくらいわたしにだってわかるっつの。
精々、止めようとしたけど無駄だったってところだろうなってくらい、そして幸村が3人にも正座を強要したんだろうってことくらいわたしにもわかる。
けど、
「…5人も正座やめていいよ。足痛くなっちゃから」
昨日の枕投げの後、ブン太とわたしだけ真田くんに怒られて正座を強いられてものすごい足しびれたことを思い出すと、あんまり長い時間させたくはない。
むしろ正座でわたしを迎えたってこと自体反省の証なんだろうし。
「芽衣子…!お前って奴は…!」
「ありがとうございます先輩ッ、俺正座って苦手だったんすよ!」
「ただし、今やってる洗濯が終わったらそれ干して、明日の朝全員分の服を畳むこと」
「えーやだー」
「やだーじゃない。口利かないよ」
「…それだと部活にも支障が出るな」
「…仕方ないのう」
柳くんと、足をさすりながら言ったまーくんの言葉に幸村も諦めたのか、ため息を吐いて「わかった」と呟く。
よし。わかったならこれ以上言うのはやめておこう。
「ほら、ちゃっちゃと動く。わたしソファー行きたいから」
中央に座っていた切原くんと幸村の間をかき分けるようにしてリビングの中心に行く。
……今朝のわたしからはこんな未来想像すらできなかったな、なんて思いながらソファーにかければ、ジャッカルくんと柳生くんが苦笑した。