それは、洗濯をするべく芽衣子がリビングを離れた直後のことじゃった。
「…ん?」
どこかから聞こえる携帯のバイブ音に辺りを見回せば、すぐそこで震えとった芽衣子の携帯。
こんだけ長いってことは電話か、なんて思いながら芽衣子に渡しに行こうと携帯を手にした瞬間、
「…マジか」
「ん?どした仁王」
「ブンちゃん、ちょおこれ見て」
「…うっわ、マジかよ」
「なになに、どうしたんすか?」
表示された名前を見て声を上げたブンに気付き、赤也がのそのそ近付いてきた。
そうじゃ、こいつにも見せちゃろ。
「見てみ、これ」
「え…日吉?」
「日吉じゃ」
「日吉だなあ」
“日吉くん”
そう表示されとる画面を見せて顔を見合わせれば、ブンと赤也がにやりと笑う。
「出る?」
「出るしかないっしょ」
「ないっすね」
よし、共犯2人ゲットじゃ。
今頃なにも知らんで洗濯をしとる芽衣子を思い浮かべながら、画面に触れて携帯を耳に当てる。
『もしもし、谷岡さんですか?夜分遅くにすみません、日吉です』
「おう、谷岡さんじゃよー」
『……………仁王さんですか』
「ぶふッ」
ものすごい嫌そうな声で俺の名前を呼んだ日吉に、思わず赤也が噴き出した。
その様子になにか面白そうな雰囲気でも感じ取ったのか、幸村と柳までも何事かと近付いてくる。
『どうして谷岡さんの電話にあなたが出るんですか。一緒にいるんですか』
「あれ、お前さん知らんの」
『なにをですか』
「俺らが一緒に住んどること」
『………代わりに出ろとでも?』
「いんや、芽衣子今洗濯しとるけ。俺が出ちゃろって思って出ただけじゃ」
『…谷岡さんにはプライバシーもないんですね』
「仁王誰と話してんの?」
「日吉っすよ」
『……幸村さんと切原?』
「2人だけじゃないぜよ、今日は全員泊まり来とるけ」
『……………』
日吉が今どんな顔しとるか手に取るようにわかるのう。
クツクツと込み上げてくる笑みをこらえることもなく笑えば、電話の向こうの日吉が大きなため息を吐いた。
「で、どうしたんじゃ?あいつ今手ぇ空いとらんきに、なんかあるなら言伝頼まれるぜよ」
『結構です』
「即答じゃのう」
『話の腰を折らずに返答したことを評価していただきたいものですね』
おうおう、さっすが氷帝の生意気担当じゃ。
そう思いながら感じた視線に顔を向ければ、さっきまで本を読んどった柳生がこっちを見とった。
「柳くん、あれは谷岡さんの携帯ではないのですか?」
「ああ。日吉から電話が来ていたそうだが、仁王が出た」
「!」
「なにしてんだよお前ら…」
「他人の携帯を勝手に出るとはたるんどる!」
あ、やば。
一瞬目を丸くしたかと思いきやすぐに本をパタンと閉じた柳生にそんなことを思うも、後の祭りらしい。
「真田くんの言う通りです!女性の携帯に勝手に出るとは紳士の風上にも置けません!」
「いや、俺紳士じゃないし」
「イリュージョンでたまになるじゃないですか!」
「イリュージョンの時だけじゃもん、プライベートな時にまで紳士でいるのは無理じゃ。芽衣子の前でしかなれん」
「その谷岡さんへの着信に無断で対応しているのはどこの誰ですか!」
『…あの、どうでもいいんで谷岡さんに代わってもらえません?』
電話口の日吉がひときわ大きくため息を吐いた瞬間、視界の隅でドアが開く気配がして顔を向ける。
………あ。
「呼ばれた気したけど、誰か呼んだ?」
なんも知らず戻ってきた芽衣子の姿に、冷や汗が流れた気がした。
「……ゲームオーバーっすね」
「……そう らしいのう、」
「? なに?」
不思議そうな顔で俺たちを見とった芽衣子の視線が、耳に当てとった俺の左手に注がれる。
そして徐々に眉をひそめ、
「……ちょっと。それわたしの携帯でしょ、なにしてんの」
「なにしとると思う?」
「さっさと言え」
「日吉から電話じゃ」
これはまずい、場合によっちゃマジで怒られるかもしれん。
そんな脅威を感じて素直に言えば、芽衣子の顔が、まさに絶句としか言いようのない表情に変わっていく。
「なんで勝手に出んのッ、あんたたちも止めなさいよ!いじるだけならいいけど勝手に電話対応するとかッ」
「いや、止めたんだけどこいつ全ッ然聞かなくてよー」
「ちょ、ブン嘘言うんじゃなか!お前ノリノリだったじゃろ!」
「んなわけねーだろ。な、赤也」
「先輩、丸井先輩嘘吐いてるっす」
「おいッてめえなんで乗っかんねーんだよ!」
「ありがとう切原くん、君はやっぱりいい子だよ」
「へへっ、ありがとーございます!」
「赤也も共犯じゃよ。ノリノリで」
「……切原くんはいつから悪い子になっちゃったのかな?」
「いッ、痛いっすよ先輩!」
「ちなみに柳と幸村も共犯だからな!」
「あんたたちまで…」
「…谷岡、日吉はいいのか?」
「多分ずいぶん待たせてると思うよ?」
……こいつら、まるでブンの言葉なんて聞こえとらんみたいに言うのう。
赤也の頭をグググ、と押しとった芽衣子に柳と幸村が言えば、一瞬にして真っ青になる顔。
かと思えば急いで耳に携帯を当てて、
「ご、ごめん日吉くんッ」
パタパタとリビングから出て行けば、一瞬だけ訪れる静寂。
数分後にでも戻ってくるだろう芽衣子に対し俺たちが許されたのは、正座をして迎えることだけだった。