それは、ある土曜の夕方のことだった。
「…ねえ、いい加減教えてくれない?」
「だめ、まだ内緒」
着替え持って2時間後に駅前ね。
それが今日の部活の終わり間際、わたしが幸村に言われた言葉だった。
そうしてまーくんとともに帰宅し、わけがわからないまま下着やら着替えやらを持って駅前に来た……わけだけど。
「まーくんも教えてくれないし…みんな知ってるんでしょ?なんでわたしにだけ内緒なの」
「ふふ。それは着いてからのお楽しみだからね」
「…………」
「拗ねんなよ芽衣子、お前のためなんだからさ」
「…わたしのため?」
背後から頭を小突いてきたブン太に言われて振り返る。
わたしのためって……みんなは知ってるみたいだし、つまりサプライズのなにかってこと?
「ねえそれって、「すいません遅れちゃって!」
サプライズなの、と聞こうとした瞬間、わずかに離れたところから聞こえてきた耳慣れた声。
…あ、切原くんだ。
「あ、先輩さっきぶりっす」
「さっきぶりー」
「切原くんも来ましたし、そろそろ行きましょうか」
「そうじゃのう」
ほら、行くぜよ。
わたしの荷物を奪うようにして歩き出したまーくんの後を追い、みんなとともに歩き出す。
「ねえまーくん、教えてよ」
「だめじゃ」
「…教えて」
「……だめ」
あ、これはもしかしたら。
ためらいがちにこちらを見て口ごもったまーくんに可能性を感じ、わずかにすり寄ってみる。……と、
「谷岡、お前はこっちだ」
「え、っ」
「お前に押されると仁王は言いかねないからな」
わたしの肩に手を乗せた柳くんが、わたしたちを引き離すように前の方へ歩いていく。
…わ、なんて人だ。もうちょっとでまーくんがぼろを出しそうだったのに。
「詮索はやめろ。俺たちだって、お前に喜んでほしくて計画したんだ」
「ブン太もそんな感じのこと言ってたけど…なんの脈略もないし、突然過ぎて意味わかんないよ」
「それについては後からちゃんと説明する。だから、」
今はただ黙ってついてきて、すべてを知った時に笑ってくれ。
わたしの手を緩やかに離した柳くんは、そう言って口角を上げた。
あれから数分。
目的地もわからないままみんなとともに歩き着いた場所は、
「………焼肉?」
「ああ、焼肉だ」
やけに高級そうな焼肉屋さん。
その看板を見上げて呟けば、すぐ後ろのブン太や切原くんが騒ぎ始めた。
「あー早く食いてー!」
「丸井先輩、今日は俺の肉横取りしないでくださいよ!」
「はあ?人をいやしい奴みたいに言うんじゃねーよ」
「あんたいつも俺の肉取ってるだろ!」
なんか2人ともぎゃいぎゃい言い合ってるけど、こんな見るからに高級そうなお店で食べられるわけがないじゃん。食べるにしたってすごい金額になるよ、わたしお金全然持ってきてないし。
明らかにわたしたちのような学生向けじゃないお店の概観にそう首を傾げていると、幸村が3枚の紙を差し出してきた。
「なにこれ」
「合宿でやった肝試しの景品だよ」
「……景品?」
言いながら、幸村から受け取った紙のうちの1枚に目を通す。
えーと……焼肉食べ放題、時間無制限…1枚につき4名様までで、代金は支払い済み……え、うそでしょっ。
「え、えっ、本当にここで焼肉食べるの?」
「うん、お腹いっぱい食べていいよ」
「まじか…!」
にっこり笑って言った幸村の言葉に、一気に気分が浮上する。
だってここ明らかに高いしっ、そんなとこで焼肉食べ放題な上に代金支払い済みとかやばすぎる!
くそ、みんなそれ知ってたから早く部活終われとか言って、真面目な人もそれに対してなにも言わなかったんだ!
「ちょっ、え、…え、なんで、っ」
「ふふ、混乱してるね」
「本来は別の景品になる予定だったのだが、こちらから頼んで食べ放題券に変えてもらったのだ」
「…え、そうなの?」
真田くんの言葉に首を傾げ、幸村と柳くんに視線を向ける。
別の景品っていうのがなにかはわからないけど…なんでわざわざ食べ放題券に変えてもらって、しかもわたしには内緒にしてたんだろう。
「少し遅れてしまいましたが、今日は谷岡さんの歓迎会です」
「歓迎会…?」
「うん。芽衣子も立海テニス部の一員になったからね」
「そういうことじゃ」
「わ、っ」
後ろから抱きついてきたまーくんに驚きながらも、柳生くんと幸村の発した言葉をもう一度脳内で噛み締める。
今日はわたしの、テニス部入部を祝しての…歓迎会?
「本当は合宿の初日、芽衣子が宍戸と肝試し行ってる間に話してたんだよ。この合宿が終わったら、芽衣子をマネージャーに誘おうって」
「…そうなの?」
「うん。これは断られた場合の最終手段で、跡部に頼んで用意してもらってたんだ」
つまり、わたしをマネージャーにさせるための餌だったわけか。
そう思うと少しムッとするけど、自分の性格を考えると釣られていた可能性も……ないことは、ないし。
「…でもわたしが思いの外すんなり承諾したから、お役御免ってことで歓迎会にまわされたわけね」
「そう言わずにさ。食べ物に釣られて入部されるのも癪だし、こうやって利用できることになってよかったよ」
それは確かにそうだ、と納得してもう一度紙を見る。
……へへ、
「ありがとう」
「え?」
「すごい、嬉しい」
本当にありがとう。
思わずこぼれる笑みを隠すこともできずに言えば、みんなまで嬉しそうに笑う。
大成功のサプライズは、こうして幕を開けた。