「…わ、すごい雨」

「土砂降りだなー」


授業もHRも終わり、着いた昇降口から外を眺めるわたしたち。
いつもよりわずかに暗い気がする空からは、バケツをひっくり返したような雨が降り注いでいた。


「どうするブン太、お菓子買ってく?」

「その方がいんじゃね?この雨の中もっかい部室出るのもアレだし」

「…ちゅーかお前さん、傘持っとらんけど、折り畳み持ってきとるんか?」

「………あ、」


まーくんの言葉に何か思い出したように声を上げたブン太は、カバンの中をガサガサと漁る。……これは、まさか。


「…やべ、持ってくんの忘れた」

「え、どうすんの帰り」

「そんな遅くまで降んの?」

「止むのは日付変わる頃らしいけど」

「マジかよ…」

「天気予報で豪雨っちゅーのは見とったくせに傘忘れるとは逆にすごいのう」

「朝練遅れそうで急いでたんだよ」


やっべーな、と言いながら身を乗り出して空模様をうかがうブン太は、小さく舌打ちをして振り返る。


「んじゃお菓子買うか」

「え、俺さっさと携帯充電したいんじゃけど」

「まーくん授業中ずっと携帯いじってたもんね」

「あー…仕方ねーな、じゃあ部室行ってから買いに戻ってくるか」

「そうしよっか」

「つーことで、仁王、傘入れて」


ブン太の言葉に傘を広げたまーくん。
しかし3人ってことは、横並びだと両端がすごく濡れるから……


「じゃあブン太が前ね」

「なんで?」

「全員横に並んだら端が濡れるし、わたしよりブン太が前歩いた方が全員の濡れる量少ないと思うよ。肩幅とか的に」

「そうじゃな」


納得した様子のブン太が歩き出し、わたしとまーくんもそれに続く。
…しかし、傘忘れたって帰りはどうするんだろうブン太。
こんなことならわたしも傘持ってくればよかったな、そしたら片方貸してあげられたのに。


「委員会ってどれくらいで終わるの?」

「どこもその時によるけど、ヒロシと真田はいつも遅いよな」

「ん、風紀は今日も長めじゃろうな」


わあ、委員会とかただでさえ面倒くさいのに、長時間なんて可哀相に。
…あ。でもあれかな、真田くんも柳生くんも真面目だしそこまで苦じゃないのかな。幸村だって花が好きで美化委員みたいだし。

とはいえあんまり長引くと部活にも支障出るもんな。その点今日は雨で部活できないから、気兼ねなく委員会の方に参加できそうだけど。


「あ、芽衣子鍵」

「…お、あ、うん」


ぼうっと考えてる間にもう部室の目の前まで着いたらしく、ブン太に催促されて部室の鍵を渡す。
幸村と柳くんとお昼食べた時に受け取ってたんだった、すっかり忘れてたよ。


「はー、すごい雨だったな」

「芽衣子濡れとらん?」

「うん、そこまで」


各々テーブルにバッグを置き、わたしとブン太はお財布を手にする。
そうしていざ再び外へ行こうかと傘を手にした時、


「……なに?」

「いや、髪の毛ぺしゃってんなーって」

「え、うそ」


ブン太の視線に気付き反応すれば、何とまあデリカシーがないというか女の敵になり得る発言をされた。
けれどそう言われたからには気にしないわけにはいかない、とばかりに鏡を見れば、確かにぺたんこになった髪の毛。

…最悪、湿気多いとぺしゃってする髪質だからスタイリング剤つけてきたのに。
あれ買ったばっかなんだけど、まったく効果ないじゃん。


「髪やってやろーか?」

「え、ブン太そういうの得意なの?」

「こう見えて手先器用だぜ、俺」

「じゃあお願いします」

「えっ」


ラッキー、なんて思いながら椅子に腰かければ、まーくんが顔をしかめて声を上げる。…どうしたんだろう。


「なに?」

「…そのままでもかわええけど」

「それはどうも。でも嫌なの」


眉間に皺を寄せながらテーブルに肘をついたまーくんは、何だか恨めしそうな目をしてこちらを見る。
直毛かつ猫っ毛だから湿気ですぐぺたってしちゃう女の子の気持ちなんて、まーくんには1ミリも伝わらないらしい。


「アップでいい?」

「うん、いいよ」

「仁王ワックス持ってたよな、ちょっと貸して」

「………」


相変わらず恨めし気な視線のまーくんのバッグから取り出されたワックスが、わたしの目の前にコトンと置かれる。
何がそんなに嫌なんだろうこの人は。


「ポニテにするの?」

「いや、編み込み。で、ほぐしてボリューム出しつつピンで止める」

「やばっ、本当に器用なんだね」

「自分でやったりしねーの?」

「人の髪ならできるけど、自分の髪は後ろの方とか見えないからやりづらくて」


人に髪の毛触られることってあまりないから少し照れるけど、なんかわくわくするな。
そう思いながらまーくんを見れば、


「…すごい、真剣だね」

「…勉強しとる」

「なんで?」

「俺も芽衣子にやりたいけ」

「そうなの?」

「うん」


やけに真剣な顔してると思ったらそういうことか。
どうしてやりたいのかは知らないけど、まーくんも手先器用だしすぐこういうのできるようになるだろうな。


「ほい、できた」

「はやっ」

「うん、流石俺。ちょーうまい」

「…おわ、本当だ」


手にした鏡で見てみれば、ほんの数分前とは比べ物にならないくらいにすっきりとし、かつ華やかになった髪の毛。
わあ、すごいブン太。見直したッ。


「ブン太すごいッ、ありがと」

「ま、俺にかかればこんなもんよ!ってことで、お菓子買い行こーぜ」

「うんッ」


それじゃまーくん、留守番よろしく。
意気揚々と傘を持ったわたしは、ブン太と共に土砂降りの空の下に飛び出した。



  


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