なんだかんだ俺には甘いとこが好き。割と素直なとこが好き。俺にだけ見せるわがままと弱さが、かわいくて嬉しい。
ちっさい手が、足がかわいい。得意じゃない料理を頑張る姿もかわいい。俺だけに向けられた笑顔には、どうしようもなく幸せを感じる。

芽衣子が好きなんだと自覚したその瞬間から、俺の世界は輝いた。
俺にとって当たり前だった時間はとてつもない幸せに満ちていて、世界は俺が思っていたよりもずっといいものだったんだと気が付いた。


「……はあああ、」


気が付いた、んじゃけどな……
きらきらとした笑顔を浮かべて部室を出て行った芽衣子とブンの姿を思い返せば、無意識のうちにため息が漏れた。

柳と柳生には芽衣子んことが好きって言ったし、芽衣子本人には髪ぺしゃっててもかわええって言ったし、これでもかっちゅーくらいに自分の心に素直になったのに何なんじゃこの仕打ち。
何が1位じゃ、何が『いいことが舞い込む』じゃ。占いなんてもう絶対信じん。

そう不貞腐れながらテーブルに乗せた頭をぐりぐりと左右に振っていた時、


「…外に負けず劣らず湿っぽいが、なにかあったのか」

「……なんじゃ、柳か」

「谷岡じゃなくてすまなかったな」


生徒会の方はもう済んだのか、傘を閉じた柳が部室に入ってくるなり言った。
…別に俺、芽衣子に戻ってきて欲しいと思っとったわけじゃないんじゃけど。いや早く戻ってきて欲しいけど。


「お前が拗ねている確率、98%」

「…なんでそう思うん?」

「ついさっきそこで丸井と谷岡とすれ違ったんだが、やけに楽しげだった上に髪型が変わっていたからな。大方、手先の器用な丸井がやってやったんだろう」

「……………」

「お前も手先は器用だが、ああいった方面が得意だというデータは俺のもとにはないがための判断だ。…違ったか?」


全部が全部当たっとることにそこはかとない気持ち悪さと苛立ちを覚えて顔を反対側に向ければ、柳がクスリと笑った。


「で、あいつらはこの大雨の中どこに行ったんだ?」

「…聞いとらんのか?」

「部室の鍵は開いていて、お前がいるということしか聞いていないが」

「…菓子買いに行った」


ガタン。
聞こえた音に顔を上げれば、目の前に座った柳がドアの方に目を向けていた。


「昼もあんなに食べていたのに、よく入るものだな」

「…昼?」

「……谷岡から聞いていないのか?」

「なにを」

「…聞いていなかったのか」


なんかわけわからんこと言っとる柳に、自然と眉間に皺が寄る。
昼ってなんじゃ、あんなに食っとったってなんで柳が知っとるん。


「今日の昼はA組に行ったんだろう?」

「行ったけど…なんで知っとるんじゃ」

「どうやら丸井は弁当を忘れたようで、学食に行くつもりだったらしい。そこであいつは谷岡が1人になることを懸念して、精市と俺に声をかけてきたんだ。あいつと一緒に食べてやってくれ、と」


え、意味わからん。俺そんなこと全然聞いとらん。
ブンが弁当忘れとるとか知らんかったし、だから芽衣子が1人になるだなんて当然思ってなかったけ、俺は柳生んとこ行ったっちゅーのに。


「『早く言ってくれれば柳生のところに行かなかったのに』…と、お前は言う」

「…………」

「だがそれは谷岡にとっても同じだ」

「…どういうことじゃ」


わずかに眉尻を下げた柳は、ただ一言「怒るなよ」と言って続ける。


「柳生のところに行くなら行くでもっと早く言ってくれれば、丸井に手間をかけさせることもなく、自分で誰かに連絡を取って、昼食の約束を取り付けられた」

「…そんなん、ブン太が弁当持ってきとらんなんて思ってなかったけ」

「それだけじゃないぞ」

「…?」

「谷岡は今日、お前には内緒でハンバーグを作ってきていたんだ」

「…は、」


え、待って、マジで意味わからん。ハンバーグ?何で?
そう混乱する俺にフッと小さく息を吐いた柳は、やれやれ、とでも言いたげな表情を浮かべる。


「お前がいつもパンばかり食べているから。けれど野菜は嫌いだから、肉なら食べるだろうと思って作ったそうだ」

「…なん、それ。聞いとらん」


何で早く言わんの。
ブン太が弁当忘れとったことも、芽衣子がハンバーグ作ってくれとったことも、両方とももっと早く言ってくれれば柳生のとこ行かんかったのに。

俺が柳生んとこ行くっつった時に言ってくれれば、


「あいつは、お前に柳生と昼食をとらせてやりたかったんだ。自分が転校してきたことで、柳生からお前を取ってしまったような気分だと本人も言っていたぞ」

「そんなんあるわけ、「お前はそう思うかもしれないが、谷岡は違ったんだ」

「………」

「それに、あいつにはそれが嬉しかったんだよ」


行っておいでと、送り出してやりたかったそうだ。
そう続ける柳の言葉の意味も、芽衣子の行動があいつなりの優しさであったこともわかっとる。
けど、だからこそ、どうしてこうもすれ違うんだと歯がゆくなった。


「…つまりは、アレじゃろ」

「ん?」

「偶然が重なった結果、一番最悪なことになったっちゅーことじゃろ」

「お前にとってはそうかもしれないな」

「………はあ、」


何で、こういう時に限ってわがまま言ってくれないんじゃ。
行かないで、なんてたった5文字を言ってくれれば俺は柳生んとこ行かんかったし、…いや、それが芽衣子の優しさっちゅーかええとこってのもわかっとるんじゃけどッ。
でも、それで言ってくれればって思いが消えるわけじゃないんじゃ。芽衣子には悪いけど。


「…ハンバーグ、どうしたん」

「俺と精市でおいしく頂いたぞ」

「はあ!?」


ちょっと待ちんしゃい、何普通に食っとるんじゃ。
そんな勢いのままガタンと立ち上がれば、柳は笑いながら口を開く。


「お前は毎日谷岡の手料理を食べているんだからいいだろう。それに今回は事情が事情だ、それがその場における最善だったと思うぞ」

「そうじゃけどッ」

「悔しいなら、また同じ轍を踏むことのないように、今後イレギュラーなことをする際には早めに教えてやることだな」


それが今回の出来事において、谷岡の一番望んでいたことだ。
柳の忠告に感謝しつつも俺が感じたことは、自覚して早々の幸先の悪さだった。



  


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -