正直驚いた。
最後の最後で、仁王が谷岡のことを好きだということを否定しなかったこと。
そして、過去にあいつを好いていた時があったこと。

けれどそれ以上に、


「話させといてなんだが、ここまで素直に言うとは思わなかったよ」

「…らしくないって自分でも思っとる」


首元に手を当てた仁王は、バツが悪そうに呟いた。
確かに俺の知るこいつであれば、そう簡単に自分の思いなど吐露しないだろう。


「いいんじゃないか、今のお前はこれ以上ないくらいに高校生らしいぞ」

「他人事だと思っとるのビシビシ伝わってくるぜよ」

「そう言うな。俺はこれでも喜んでいるんだ」


そして、谷岡に礼を言いたい。
丸井と赤也とじゃれ合う谷岡を見ながら言えば、芽衣子に?という不思議そうな仁王の声がした。


「俺はお前が、そんな風に誰かを思える人間だったと知れて嬉しいんだよ」

「…芽衣子以外には思わん」

「それでもいいんだ。谷岡限定だとしても、お前がそういう風に誰かを真剣に思えていることが、俺は嬉しい」


中学時代と言わず、谷岡が立海に来るまでの仁王を思い浮かべると、そう思わずにはいられない。
……こんなことは、絶対にあいつには言えないが。


「しかし仁王」

「ん?」

「さっきのを独り言ではなく、仮になにか返す言葉を求められている受け取った場合…だが」

「ん」


短いその言葉に、俺の言葉を聞く準備が整っているのだと、漠然と思った。
もしかしたらこれは、仁王の中のなにかを壊してしまうのかもしれない。加速させてしまうのかもしれない。

そう思いながらも口を開き、


「お前は、本当に谷岡が好きなんだな」


だからこそ怖いんだろう。
視線を谷岡から仁王に移して言えば、仁王は眉をひそめてうつむいた。


「…芽衣子んこと、大好きなんじゃ」

「…ああ」

「昔からずっと、好きだったんじゃ」


しゃがみ込み、膝の間に顔を埋めるようにして仁王が言う。


「けど15年以上仲がええいとこの関係を続けてきたし、この前じゃって、俺だけは何があっても芽衣子を嫌いにならんって、絶対に味方だって約束したんじゃ」

「ああ、」

「俺が好きって言ったところで、そんなんただの自己満じゃ。俺が勝手に好きになっただけなのに、芽衣子は何も悪くないのに、居場所も逃げ場も奪うだなんて可哀相なことしとうない。そんなん、俺には耐えられん」


好きにならなきゃ良かった、なんて後悔はしとうない。

そう言って唇を噛み締めた仁王の拳は、わずかに震えていた。
その姿はどこからどう見ても、普段の仁王ではなかった。


「あいつは俺にはもったいないくらいええ子じゃ。人の気持ちがようわかって、他人のために頑張れる優しい子なり」

「…そうだな」

「だからできれば、一番近くで芽衣子んこと守って、支えてやりたかった。芽衣子の幸せを、一番近くで見たかった」


でも。
そこまで言って黙った仁王は、再び顔を上げて谷岡に視線を向ける。



「誰にも譲りとうないって、思った」



今にも泣き出しそうな、それでいて愛しいものを見るような目をした仁王に、俺は思わず息を呑んだ。

お前にもそんな顔ができるのかと。
ここまであいつを思う仁王がなぜ赤の他人ではなかったのかと、なぜ身内になってしまったのかと、誰とも言えぬ誰かを恨みたくすらなった。


「…確かにお前の言う通り、これはそう簡単な話ではない」

「…………」

「お前が一番わかっているだろうからハッキリ言うが、この恋は、実る保障がないどころか関係を壊す可能性もあり、万人に受け入れられるものではない」

「……………」

「だから俺は、無責任にお前の背中を押すことはできない」


これがただのクラス内や部内での恋の話なら、俺はただ一言「頑張れ」と言って背中を押していただろう。
しかし今回の場合、その言葉によって2人の間に溝が生まれても、関係性がよからぬ方向に変化してしまっても、俺は責任を取ることはできない。

だからもし、お前が思いを隠してこのままの関係を継続させることを望んだとしても、俺は何も言わないだろう。


「だが、」


気持ちに嘘がないのなら。もし、リスクを負ってでも自分のものにしたいと、ほかの誰にも譲りたくないと言うのなら。



「お前が頑張ると言うのなら、俺は全力で応援する」



そう言えば仁王はやっと顔を上げ、俺のことを見た。
かと思えばすぐ谷岡に向けられたその視線に、呆れ交じりの笑みがこぼれる。


「お前はこれまでよくやった。無理していたとは思わないが、それでも谷岡のために、居場所であり続けたんだろう」

「…それ、芽衣子が無神経みたいに聞こえるんじゃけど」

「思ってもいないから安心しろ」

「…ならええけど」


こんな時でも谷岡の評価を気にする仁王に、お前はなにを悩んでいたんだと言いたくなった。
俺がなにか言うまでもなく、お前はこんなにも、谷岡のことが好きでたまらないんじゃないか。


「とはいえ、さっきも話したように、この件に関して俺はやたらと口出しをするつもりはない。もしお前が現状維持を望んだとしても、それは決して間違いではなく、立派な答えのひとつだと思う」

「………」

「だが、今度はお前が谷岡を求めてもいいんじゃないか?」


谷岡だけでなく、お前のことだって仲間として大切に思っているんだ。
できることなら、お前が本当に思う相手と、幸せになってくれたらと思うんだ。

言いながら仁王に視線を向ければ、つい少し前とは比べ物にならないくらいに穏やかな表情を浮かべ、谷岡のことを見つめる仁王がいた。


「……ったく、うちの参謀は困った人じゃ。いたずら心だけじゃのうて、ずいぶんなお節介さんも飼っとるらしい」

「たまにしか顔を覗かせないんだ。許してやってくれ」

「…仕方ないのう。朝の占いが言うには、今日の俺は素直になった方がええらしいし」


背中を押してくれたっちゅーことで、今回は特別に許してやるなり。

そう言った仁王は、柔らかい笑みを浮かべて歩き出した。



  


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