それは、あいつらがうちに泊まりに来た数日後の朝。
あの日以来、俺の中のなにかがにわかにざわめき出した。


「…わあ、」

「どうしたん」

「わたし最下位」


身支度も終えた午前7時少し前。
それまで静かにTVを見ていた芽衣子が上げた声につられてTVを見てみると、なんてことはない朝の占いが流れとった。


「『今日は何をしてもうまくいかない1日、静かに過ごした方がよいでしょう。ラッキープレイスは“いつもは行かない場所”』だって」

「静かに過ごした方がええのに、普段行かん場所に行くと吉ってなかなか矛盾しとるのう」

「ね、大人しく過ごさせたいんだかそうじゃないんだか」

「俺は?」

「チャンネル変えたばっかだからわかんない」

「自分だけか」


まあ別に占いなんて気にしとらんしええけど。
そう思いながら左上に表示された時刻を確認し、そろそろ出るかと玄関に向かおうとした時。


「…あ、まーくん1位だよ」

「内容なんじゃって?」

「『自分の心に素直になって過ごせば、次々といいことが舞い込むでしょう。ラッキープレイスは“屋上”』だって」


靴を履きながら問えば、わずかに遠い芽衣子のそんな声が返ってきた。
素直にって言われても……普段から比較的素直に過ごしとるつもりじゃし、屋上だっていつも行っとる場所じゃし、今日だからって何かええことが起きるとも思えん。


「ってことは、あれだね」

「ん?」

「わたしは今日1日、まーくんと一緒にいれば大丈夫だね」


気がつけば俺のすぐ後ろに立っとった芽衣子が、いたずらっ子のような顔で笑う。


「……、っ」

「…まーくん?」

「………いや、なんでもなか」


……いやいやいや、なんじゃ今の心臓がギュッと縮こまる感じ。わけがわからん。
芽衣子と一緒におるなんてそれこそ普段通りのことじゃし、別に今更改めて言われたからってなんか特別なことを感じるはずなんてないはず、なんじゃけど。


「…行くぜよ」

「あ、待って。傘持たないとだよ」

「傘?なんで?」

「今日は関東でお昼過ぎから雨だって天気予報で言ってた」

「…ラッキープレイス行けんのう」


そうひとりごちていると、ぐにぐにと靴に足をねじ込んだ芽衣子が、傘立ての中から取り出した一本の傘を俺に渡す。
かと思えば俺の背中押すし。……ちょ、芽衣子ちゃん?


「自分の持たんでええんか?」

「わたし傘持つの嫌い」

「…………」

「帰りは相合傘になるけど、家まではすぐだし。ね」


俺を外に追いやった芽衣子は、言いながら家の鍵を閉める。
その横顔に、まあええかなんて思う俺はきっと芽衣子に甘いんじゃろうけど……芽衣子が傘持ちたがらんのは昔からじゃしな。


「仕方ないのう。芽衣子ちゃんはいくつになっても甘えん坊さんなんじゃき」

「甘やかすまーくんが悪い」

「じゃあこれからは厳しくしちゃろうか?」

「え、やだ。甘やかして」

「……………」


………なんちゅーか、もう。
こいつは一体俺んことどうしたいんじゃ。

ちりちりと痛むような、ぬくいような。
俺の心に残る、そんな気持ちの名前を考えながら、俺は芽衣子と歩き出した。



  


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