「で、これ以降は何もないわけ?」
お昼休みの教室。
まーくんとブン太、そして幸村の4人で囲む昼食は、何だか一昨日よりもおいしく感じた。
「ううん。机の中の教科書全部、ご丁寧に糊か何かでくっつけられてた」
「何それ、すごい地味だね」
「あとは…なんかカッター刺さった人形が机の中に入ってた」
「な、マジで呪いじゃろ」
まーくんとブン太の机をくっつけて昼食を食べていたわたしたちは、すぐ横にある机の上を眺めながら話す。
きっと視覚的には今までで一番ひどいことをされただろうになぜかそこまで気にならないのは、みんなに話すことができたからだろうか。
「それにしては、あんまり気にしてないみたいだね」
「うん、もう諦めた」
「そう。まあ元気になったならなによりだよ」
お弁当に入った卵焼きを箸でつまんだ幸村が、安心したように笑って言う。
……昨日鬼の形相で追っかけてきた人と同一人物だとは思えない。
「ごめん、心配させるだけさせといて」
「いいよ。ちゃんとヘルプ出してくれたし、気にせずにいられるならそれに越したことはないから」
「反応しなければ沈静化するかもしんねーしな」
本当、ブン太の言う通りになったらそれが一番だよな。
落ち着くのを待って大人しくした方がいいのかもしれないけど、昨日の感じ的に距離置いても無駄みたいだし。
っていうかお姫様抱っこ的なことされた以上大人しくしてても無駄だろうし。
「…あ、今はほかのクラスの人幸村だけだから言っとくけど、移動教室の時とか教科書貸してね。いつ駄目にされるかわからないのに買うのももったいないし」
「いいけど普段は?」
「ブン太に見せてもらう」
「まあその方が経済的じゃな」
体操服は…縫えば使えるってレベルじゃなかったし、新しいの買うしかないか。
昨日柳くんがローファーを持ってきてくれなかったらスニーカー買う羽目になってたことを思うと、確実に必要なものだしまだ納得できる。
私はもう3年だから、残りの授業回数のことを考えると余計な出費なことに変わりはないけど。
「あ、」
その時聞こえてきたチャイムの音に、パンをむさぼる手が止まる。
もうお昼終わりか、やっぱこうやって誰かと話してるとあっという間だな。
「次って何じゃったっけ」
「選択だろ。俺と芽衣子は日本史」
「……あ、じゃあ教科書いるじゃん」
早速だよ、と幸村を見てみれば、「俺世界史なんだよね」とすぐさま返された。
真田くんは日本史だけど、体育と同じでうちのクラスは選択授業はA組と合同だから教科書借りられないし、…ジャッカルくんは多分世界史だろうし。
「確か蓮二が日本史だったはずだよ」
「……また柳くんか」
この前ジャージとか借りちゃったのに、教科書もだなんて何か申し訳ないな。
そう思いながらも授業開始時間は刻一刻と迫っているので、仕方ない、と言い聞かせて席を立つ。
「柳くんとこ行ってくる」
「あ、なら俺もそのまま授業行くわ」
「じゃあ早くそのパン食べて」
「食いながら行く」
「…そういうところ流石だよね、ブン太って」
「どういう意味だよ」
チョココロネをくわえて教科書やノートを取り出したブン太を確認し、私も携帯と筆箱を手にする。
まーくんはまだ行かないのかな。
「…用意しないの?」
「俺は柳生と一緒で世界史じゃけ、柳生んとこ寄って行く」
「そっか」
「うし、行くかー」
「うん」
「んじゃ幸村はまた後でな」
「寝ないでちゃんと授業受けるんだよ」
ひらひらと手を振った幸村に手を振り返し、F組に向かう。
……あー、授業面倒くさい。早く部活の時間にならないかな。……あ、でも。
「…部活の後の掃除嫌だな」
「お前この前掃除しなきゃとか言ってなかったっけ?」
「入部初日?」
「うん、何か言ってただろ」
「それは強いられてるんじゃなくて自分の意思だから」
「あー、何かわかる気するわ」
でもま、仕方ないんじゃね?
そんなことを聞きながら歩いている間に着いたF組の中を見渡し、柳くんの姿を探す。
…あ、いた。
「柳くーん」
「谷岡に丸井か。揃ってどうした?」
「日本史の教科書ある?わたし教科書全部使えなくてされちゃって」
「……ああ、この後は移動教室か」
「うん。柳くんは日本史だって幸村に聞いて借りに来た」
「今持ってくるから少し待っていろ」
そう言って自分の席に戻っていった柳くんは、取り出した教科書を私に手渡ししばし黙る。
…どうしたんだろう。
「落書きはするなよ」
「私がするタイプだと思ってるの柳くんは」
「お前は案外そういうところがある」
「あー、確かに」
「すごい心外なんだけど」
悔しいから、ものすごく薄ーくシャーペンで落書きしてやろう。
そう決意して、私はブン太とともに歩き出した。