「うっわ」


教室のドアを開けたまーくんが、小さな声で呟いた。


「え、どうしたの」

「何だよ仁王、急に止まん…うわっ」


ドアを開けた瞬間立ち止まったまーくんを押しのけ、今度はブン太が固まった。
ちょっと、え、何が起きてるの。それを確認しようにも2人の背中が邪魔で、中を伺うことすらできない。


「芽衣子」

「あ、はい」

「覚悟して見んしゃい」

「は?」


覚悟って何。
そう思ってるうちに教室に入ったまーくんに続き、私のことを心配そうに見ながら歩き出したブン太に首を傾げながら中に入れば、


「わ、あ…」


本来茶色いはずの机が、小さないくつもの文字でびっしりと埋め尽くされ、真っ黒になっていた。


「やべーよマジ、俺見た瞬間鳥肌立ったんだけど。めっちゃこわッ」

「もはや呪いのレベルじゃな……」

「わあ…すごいなこれ…」


3人で机を囲むようにして立ち、小さく書かれた文字をじっくりと眺める。
死ねとかヤリマンとかクソ女とか…私相当嫌われてるな…


「あっ、あんたたちやっと来た!」


どうしよう。油性ペンって何で消えるんだろう、柳くんに聞けばわかるかな。
そんなことを思いながらF組に行こうか考え始めた時、どこかから聞こえた女の子の声に顔を上げる。

…あ、


「おー三宅、おはよ」

「おはよーじゃないよ、何これどうしたの?」


私の目の前、そしてまーくんの隣の席である三宅さんが血相を変えて近づいてきた。
転校初日に声をかけてもらって少しだけ話しただけだから親しいとは言えないけど、ブン太曰くなかなかにサバサバしているいい子らしい。


「あー…こいつ一昨日から嫌がらせされてんだよ。これもそれだろ」

「え、谷岡さんそうだったの?」

「あ、えっと…うん、されて た」

「三宅ちゃんいつ気付いたん?」

「ついさっきだよ。教室来たらこんなことになってるからマジでびっくりした」

「ってことは誰がやったかわかんねーわけか」

「うん。でもうちのクラスではないでしょ、みんな仲良いし、女だってみんな体育会系でサバサバしてる子ばっかだし」


それにしても陰湿だね。
言いながら、三宅さんが眉をひそめる。
本当、陰湿過ぎてびっくりする。ここまで来るとさっきまーくんも言ったように呪いのレベルだよ。


「…油性ペンって何で消えるんだろ」

「除光液とかで消えるんじゃなか?」

「学校に除光液なくね?」

「柳くんを召喚するしかないか…」


そう言いながら携帯を取り出したと同時に「何かあったら言ってね」と声をかけてくれた三宅さんにお礼を言い、F組にいる柳くんに電話を掛ける。
すぐ出てくれるといいんだけ……あ、


『もしもし。どうした?』

「あ、柳くん。ちょっとうちのクラス来てくれないかな」

『構わないが…何かあったのか?』

「ちょっと柳くんの知恵が必要で」


そう言って電話を切って十秒ほど。
教室のドアを開けた柳くんは、


「……………何だこれは」


ものすごく嫌そうな顔をして、私の机を見た。


「柳、油性ペンって何で落ちんの?」

「…それを聞くために呼んだのか?」

「知恵が必要って言ったでしょ」

「俺はお前たちの祖母ではないんだが」


祖母。祖母?ああ、おばあちゃんの知恵袋ってことか。
一瞬頭の上にハテナが浮かんだけど、言わんとしていることはすぐにわかった。


「違うよ、柳くんはお父さんでしょ」

「それは一昨日解任になったんじゃなかったのか?」

「昨日ローファー持ってきてくれたでしょ。だから復帰」

「なるほどな」

「そんなんどうでもええけ、参謀、これ何で落ちるんじゃ」


私たちの会話を強制的に終了させたまーくんは、依然として顔をしかめながら机を見る。
そして柳くんは顎に手を当て、しばし考え込んでいる様子。


「マーガリンやバターなどを布に当ててこするという方法や、灰などをつけて指先でこすれば消えるというのは聞いたことがあるが…」

「ブン、マーガリンかバター持っとらんのか」

「お前俺のこと何だと思ってんの?」

「え、持ってないのブン太」

「マジで殴るぞお前ら」


俺が持ってんのはお菓子だけだから、と言いながらブン太がガムを膨らませる。
いばるところじゃないと思うんだけど…っていうか柳くんやっぱり知ってるんだね、尊敬するよそういうところ。


「もうあれじゃね、定番の消しゴム」

「時間かかるし半端じゃなく消しゴム消費することになるぜよ」

「指痛くなるし疲れるじゃん、やだよ」

「お前の机のことなのに何でそんなわがままなんだよ」


はあ、とため息を吐いたブン太だけど、仕方ないじゃん。面倒くさいよそんなことするの。

………あ、そうだ。


「いっそこのままっていうのはどう?」

「はあ?お前馬鹿なの?」

「どうした谷岡」

「ショック過ぎておかしくなったんか」


ちょっと、3人ともひどい言い様だな。
私だって考えなしに言ってるわけじゃないっていうのに。


「いや、だってさ。消すってことはまた書ける状態にするってことじゃん」

「そうじゃけど」

「消さなければ書くこともできないと思うんだけど、どうかな」


私の言葉に黙り込んだ3人は、それぞれが訝しげな表情を浮かべて顔を見合わせる。
消さないっていうの、逆に新しい発想だと思うんだけどな…


「…芽衣子はそれでええの?」

「何が?」

「消さないということは、これがそのまま見える形で残るということだぞ」

「でも事実を書かれてるんじゃないし、それ言うなら体操服だってまだ置いたままだから形として残ってるよ」

「いや、けどさ、これは消せばなくなるもんだろ?」

「だとしても書かれたって記憶は消えないよ」


ってことで、これは消さない。
最初は提案って形だったのに、途中から段々みんなを説得する感じになったなあ、なんて思いながら言えば、3人は呆れたように笑う。


「…芽衣子がええなら、それでええよ」

「ただこれでは目立つからな、できるだけ机の上には物を置くようにしろ。意味もなくほかの生徒に避けられるのはお前だって不本意だろう」

「うん、わかった」

「…必要なら、いつでもマーガリンとバター持ってくるからなッ」

「丸井、どちらかで大丈夫だ」


それじゃあ俺は戻るぞ、と言って教室を出て行った柳くんを見送って、呪いの言葉に視線を移す。

柳くん、無駄足だったね。
言いながら2人を見れば、困ったように笑っていた。



  


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