「あのね、まーくん」
「ん?」
「嫌がらせね、昨日からなんだ」
海に沈む夕陽が眩しくなってきた頃。
私の横に座ってシャボン玉を吹くまーくんに言えば、その動きが一瞬だけ止まった。
「上履きがないから不思議に思ってたら、笑い声が聞こえて。振り向いたら隠れちゃったから顔は見てないけど、やっぱり女の子だった」
「…………」
「私、昨日の体育の時柳くんのジャージ着てたでしょ。それも、着替えようと思って体操服見たら破られてたからなんだ」
そういえば全然考えてなかったけど、次の体育の時どうしよう。
また柳くんに借りるのも悪いし、ローテーション制で毎回他クラスの人から借りることにしようかな。
そんなことを思いながらちらりとまーくんの方を見れば、シャボン玉を吹くこともなく、容器の中でくるくるとスティックをまわしていた。
「昨日はそれだけ。今日は、教科書に落書きされて、破られて、ページの間にカッターが挟まれてた。あとは、水ぶっかけられた」
「…………」
「私みんなのこと大好きだから本当は嫌だったけど、迷惑かけないように少し距離置こうと思ってたんだ。そしたらバレないだろうと思って」
「……ん」
「けど、バレちゃったね」
苦笑しながら言えば、まーくんが悲しそうな顔でうつむいていた。
そんな顔が見たくて言ったわけじゃないのに。でももしまーくんが同じことを私に言ってきたら私も同じ顔をするんだろうと思うと、何も言えなかった。
「ごめんな、俺らのせいで」
「そう言うと思ったから、言いたくなかった」
けど、
「つらかった」
「……ん、」
「みんなが好きだから我慢しようと思ったけど、みんなはそれが嫌みたいだし。じゃあみんなが嫌がることをする私は、そのうちみんなに呆れられたり、嫌われたり するのかなって思っ て、」
そしたらもう、どうしたらいいのかわからなく、なった。
じわりと滲んできた涙に、流れたら駄目だよ、なんて心の中で呟いた、けど。
「っ…、」
「…ほら、こっち来んしゃい」
シャボン玉を置いたまーくんに引き寄せられ、頭をぽんぽんと撫でられたら、もう駄目だった。
今日何度も吸い込んだまーくんの香りがすごく近くて、大きな手と包み込むような腕が私を守ってくれてるような気がして、涙がぼとぼとと落ちてくる。
「俺らは芽衣子のこと嫌いになったりせんよ」
「…う、っ」
「もしあいつらがそうなったとしても、俺だけは絶対、芽衣子のこと嫌いにならん」
いつでも絶対、芽衣子の味方じゃ。
囁くような優しい声に耳を傾けながら涙を拭えば、とくん、とくん、というまーくんの心臓の音が聞こえた。
「まー、く ん」
「ん?」
「来て くれて、ありがと」
「…なーに当たり前のこと言っとんじゃ。俺は芽衣子の王子様なり」
「…うん、」
「どこいても、芽衣子のことはちゃんと、絶対見つけるぜよ」
いつだってそうだった。
昔からまーくんは、私が迷子になった時も怒られて家を飛び出した時も、いつだって見つけてくれた。
それは大きくなってからも変わらなくて、合宿の時だって跡部くんのもとから逃げ出した私を見つけてくれたし、今回だってそうだった。
そしてそれは、これからもきっと変わらないんだと思う。
「前の芽衣子なら絶対言わなかったじゃろ」
「…うん」
「成長したのう」
「うん、」
ぽん、ぽん、ぽん。
規則的に頭を撫でるまーくんの手に安心して体を預ければ、
「…あ、」
視界の隅にうつったシャボン玉に心を奪われ、ふわふわと宙を漂うそれを目で追う。シャボン玉なんて久々だなあ。
「芽衣子もやるか?」
「うん」
「液吸わんようにな」
「うん」
渡されたそれをふうっと吹けば、きらきらとしたシャボン玉が勢いよく飛び出した。
わあ、すごいきれい。それに楽しい。
「もう芽衣子やったけ没収ー」
「え、早ッ」
私の手からシャボン玉の容器とスティックを奪ったまーくんは、我が物顔でそれを吹く。
…くそう、
「あッ何で壊すん」
「取られた仕返し」
ふわふわ、ぐしゃり。
いくつも浮かぶそれを手で掴んだ瞬間、私たちの関係が、少しだけ崩れた気がした。