キンコンカンコン
「ん、終わったみたいじゃな」
あれから他愛もないことを話し続けていたわたしたちの会話を止めたのは、2限が終わったことを告げるチャイムだった。
にわかに騒がしくなる屋上の向こう側、そして眼下に広がるグラウンドを思うと、少しだけ気分が悪くなる。
「芽衣子、行くぜよ」
「……………」
戻りたく、ないな。
そんなこと言ったってまだ10時半前、部活まではまだまだあるんだから、どうしたって戻らないと仕方ないんだけど――…
「ほら、芽衣子」
「………」
「大丈夫じゃから。な?」
なにが大丈夫なの。
まーくんに知られた今、わたしはどう身を振ればいいのかわからない。
このことをみんなに黙っていてくれるのかも、わたしにはわからない。
なのにそんなわたしに手を差し出したまーくんは、
「俺を信じんしゃい」
なぜだかすごく頼もしく、格好良く見えて。
無意識のうちに手を取れば、握り返されたそれにチリッとした痛みが走った。
つい手を取っちゃったけど、どうしよう。
わたしを引っ張るようにして歩くまーくんをちらりと見やれば、なんだかテニスをしている時みたいに、真剣そうな表情をしていた。
「…あ、」
「ん?」
「そろそろ手、離す」
屋上から続いていた階段を下り切ったところで、目の前の廊下を走って行く数名の男子生徒が見えた。
一緒にいるだけでもなにかやられる可能性はあるけど、だからってまーくんが先に教室に戻ってくれるとも思えない。
それならせめて、とばかりに言えば、「ん」と短く呟いたまーくんの大きな手がわたしのそれから離れた。
「芽衣子」
「…なに?」
「あとで怒られると思うけ、先謝っとく」
ごめん。
突然そんなことを言い出したまーくんを見上げ、なんのことかと問うも答えはない。
……これからわたし、なにかされるのだろうか。
そう思ったと同時についた教室のドアをまーくんが開ければ、すぐそこにいたブン太がわたしたちを見て目を見開く。
「お前らどこ行ってたんだよ。仁王なんて途中で出てったっきり帰ってこねーし」
「ちっと野暮用じゃ」
「はあ?」
意味わかんねえ、と言いながらこちらを見たブン太と目が合って、無意識に逸らしてしまった。
…こんなことしたらあやしまれる一方だっていうのに。そう自己嫌悪に陥っていると、
「芽衣子、行くぜよ」
まーくんがわたしのバッグを持って、そう言った。
「なに、早退?芽衣子具合わりーの?」
「え、知らない、」
わたしに視線を向けたままだったブン太に問われ、首をぶんぶんと左右に振る。
ちょっと待って、意味わかんない。
「今日は自主早退じゃ」
「え、それってサボりだろ?部活は?」
「出ん」
「え、ッ」
ちょッ、どういうことそれ、本当に意味わかんない。
突然の言葉に混乱するわたしはそんな簡単な言葉も言えず、ただどういうことだろうと考える。
けどまーくんは、そんなわたしの手首を掴んで。
「そういうことじゃけ、またな、ブン」
「ちょッ待てよ仁王!」
ガタンと席を立って言ったブン太を無視したまーくんは、わたしのバッグを持ったままどこかに向かって歩き出す。
ちょっと待ってよ、行くってどこに、部活出ないってどういうこと?
そう問おうとした瞬間、
「あれ、仁王と芽衣子どうしたの?」
背後から聞こえてきた我らが部長の声に、わたしたちは足を止めて振り返った。
ちょっと聞いてよ幸村、まーくんなんかわけわかんないこと言ってるの。どうにかしてよ。
わたしがそう言うより早く正面を向いていたらしいまーくんは、
「…芽衣子、ちゃんとついてきんしゃい」
静かな声でそう言って、ものすごいスピードで駆け出した。
ちょッ…ほんとどうしたのあんた、どこ行くの!
「え、仁王!」
「あッ幸村、なんか仁王が部活出ないとか言って、ッ」
「…はあ?」
聞こえてきた声にもう一度振り返れば、こちらを見ながら話すブン太と幸村。
そしてその表情が次第に怒りに変わっていくのを眺めながら、
「おい仁王!!」
幸村のそんな声を聞いたわたしは、まーくんに手を引かれながら最初の角を曲がった。