バシャッ
「…………………」
ふ ざ け る な 。
授業が終わった途端、まーくんとブン太がくっついてきそうになったからトイレに避難したら、上から思いっきり水をかけられた。
こんな古典的な嫌がらせって本当にあるの。全身ずぶ濡れなんだけど。
そう思いながら眉間に皺を寄せれば、何人もの人間の笑い声と、それに続くトイレから出て行くような音がする。
「………最ッ悪、」
女の嫉妬を甘く見てた。
まだ嫌がらせ受け始めてから2日だっていうのに、この時点でこれってだいぶアレじゃない?
せっかくこの後は得意な数学なのに…こればっかりはどうにも言い訳できないし、教室戻れないな。
「はあ…」
キンコンカンコン
こんな日の当たらないところじゃ乾くものも乾かないし、屋上に行こう。
水を含んでぺったりと張り付く髪をぎゅっと絞れば、涙が少し、じわりと滲んだ。
「芽衣子」
どこか遠いところから聞こえるような気のする声に、ゆっくりと目を開ける。
………あ、
「ほんとに芽衣子は屋上が好きじゃな」
違う。意識がはっきりしてなかっただけで、すぐそこにいたんだ。
そう気付いて言葉を失った私の前髪をはらりと撫でたまーくんは、わずかに眉尻を下げて笑う。
「次数学やったのに、芽衣子教室出て行ったっきり戻ってこんけ。めっちゃメールした」
「 そ、う。なんだ」
「でも全然返事来んから、屋上じゃろうなって思って」
当たった。
普段みんなの前では見せない、気の抜けた笑顔で私の頬に触れる。
「…もう授業、終わったの」
「いや、始まって20分くらい経ったとこ」
どうりで気持ち悪いはずだ。
ゆっくりと体を起こしながら全身に神経を集中させれば、未だじっとりと水気を含んだ制服が、肌にぴたりと張り付く感覚に襲われた。
「…芽衣子、」
「……………」
「制服、どうしたん」
濡れたまま寝転がっていたせいで、少し色の変わったコンクリートを見ながらまーくんが言った。
「…どうもしないよ」
「……そうなん?」
「…暑かったから、水浴びた」
「そか」
こんなばかみたいなこと言って、なんの意味があるんだろう。
そう思いながらもまーくんの顔を見れずにうつむけば、
「廊下にな、ちっこい水たまりみたいなのがあって。なんじゃこれ、って思った」
「……は、」
「芽衣子が戻ってこんけ、どうしたんじゃろって思ったのはほんと。めっちゃメールしたのもほんと。けど、たまたまトイレ行こうと思って教室出たら、なんか廊下に水たまりっぽいのがあったけ。本当はそれ追っかけてきたんじゃ」
ヘンゼルがお迎えにきたぜよ。
そう言いながら、まだ生乾き状態の私の頭をくしゃりと撫でる。
「暑いのう、グレーテルさん」
「…ね、」
「うん。暑い」
長袖のシャツを指先まで伸ばしたまーくんが、悲しそうに笑って言った。