まず整理しよう。
わたしは今、嫌がらせにあっている。
原因はみんなの憧れの的であるテニス部とわたしが親しくしてるから。(あいつらはみんなが思ってるような人間じゃないと教えてあげたい)
…とはいえ、わたしはテニス部のマネージャーだ。部活に出ることは避けられない。
そしてわたしは、このことをみんなに知られたくない。迷惑をかけたくはないからだ。
「………はあ、」
となると、結論はいたってシンプル。
必要最低限は関わるけど、それ以外の時はみんなとは距離を置く。
…わたしだって、別に嫌々みんなと関わってるわけじゃない。普通に好きだから、普通に仲良くしたい。
けどそれによって得られるものなんて、嫌がらせが悪化する可能性と、それによってみんなにばれるかもしれないというリスクだけ。
………それを思うと、こういう状況もあまりよろしくはないんだけどな。
遮るものなんてひとつもない鮮やかな青空を見ながら、わたしはひそかに息をついた。
「確かにチャリあると楽だよなー」
「まあ家から近いけ格段にっちゅー感じはせんけど、楽は楽じゃな。早いし」
「何色買った?」
「ピンク」
「かわいいなおい」
「芽衣子がピンク好きなんじゃ」
あの後体育館を出ようとしたタイミングでブン太につかまり、屋上に行くと言ったらなんかついてきた。
そしてその数秒後、柳生くんの言った通り飲み物を買いに行ってたらしいまーくんとはちあわせたらこいつもついてきた。
まあ今はまだ授業中だし、屋上に来る人なんていないだろうから別にいいけど。
…けど、みんなのこと避けるようなことはできればしたくないし、なんかの気まぐれでも起きてみんなの方から距離を置いてくれたり、「おい、芽衣子?」
「…………ん?」
「やっと反応したよ。どうした?お前今日上の空じゃね?」
「…眠いの」
「昨日ずいぶん早く寝たのにのう」
「むしろ寝過ぎたのかもしんない」
ごろんと体勢を変え、うつぶせの状態で2人を眺める。
…テニス部ときたら、どいつもこいつも無駄に顔良いんだからなあ。面倒くさい女の子たちに好かれちゃって災難だね。
「なん?見惚れた?」
「ばああああか」
「ちげーってよ」
「ブン太もばあああか」
「なんで俺もなんだよ!」
ぎゃいぎゃい騒ぐブン太に苦笑し、そのまま静かに目を閉じる。
そして意識が途切れる直前、わたしはひとつの決意をした。
「なー、ブン」
「あ?なに?」
「今日の芽衣子、なんか変じゃと思わんか」
部活が始まって数十分。
かけられた声に横を向けば、顔をしかめながら芽衣子を見つめる仁王が言った。
「あー、なんか声かけても反応薄かったしな」
「あとあんま笑わん」
「それ普段からじゃね?」
「なに言っとるんじゃ、普段はにこにこしとるじゃろ」
「…いや、普段から笑わないとまでは言わねーけど、にこにこは流石にないだろ」
あいつどっちかっつーと近寄りがたい感じの見た目だし。
その言葉は飲み込んで視線を向ければ、そこには日中の様子なんて思い出せないくらいいつも通りの芽衣子の姿。
……あいつと一緒に住んでる仁王もこう言ってるし、気のせいとかじゃないと思うんだけどなー。
「あ、わかった」
「ん?」
「恋じゃね?」
「…………」
「愛しの彼のこと考えてるから上の空で、その彼に誤解されたくないから俺たちの前ではあんま笑わねーんだよ、きっと」
ニッと笑いながら言えば、一瞬目を丸くして固まった仁王が、すぐさま俺の首を絞めた。
ちょッ…冗談だっつの、落ち着けよ!
「マジで、っマジで苦しいから!」
「…言ってええことと悪いことの区別もつかんのかお前は」
「悪かったって!」
思い切り腕を叩いてやっと離れたそれに、ゴホゴホをむせる。
……っていうかあれ?俺そんな悪いこと言ったか?
「…あー、まあ。あれじゃね?」
「…なんじゃ」
「もしかしたら今日機嫌悪いのかもしんねえしさ。あんま気にすることないんじゃね?」
そう言ってガムを膨らませれば、依然として不満げな仁王が芽衣子を見つめる。
…あれ、こいつもしかして、
「……ほら、あんまサボってっと幸村に怒られんぞ」
いや、ねーか。
有り得ない自分の思考に別れを告げて、仁王の背中をパシッと叩いた。