【ああは言ったけどうまくやれるかな】
【心配することはない。お前は合宿中もよくやってくれた、自信を持て】
5限が終わって6限が始まるまでの休み時間、私がメールするのはまさかの真田くん。
5限が始まるちょっと前に【これからよろしく頼むぞ】ってメールが来てたことに授業中気付いて返信したら、【授業中に携帯をいじるな!】ってすぐに返事が来たのには笑った。
ので、自分だっていじってるじゃん、とは言わないでおいた。真田くんもなかなか面白い人らしい。
「何じゃ芽衣子またメールしとるんか」
「うん、真田くんと」
「え、真田とか珍しくね?」
「珍しいよね。私もメール来た時はびっくりした」
これで実感っていうのも変な話だけど、何か、本当にマネージャーになるんだなって感じする。
だって私と真田くんってタイプ違うし、まーくんっていう接点があっても所詮は接点でしかなくて、合宿中だって結局そこまで話せなかったもんな。
だから少し嬉しいし、同じ部活になったことで距離が縮まったんだとしたら、それだけでもマネージャーの件を承諾してよかったと思える。気が早いとは思うけど。
「何、どんな話してんの」
「いや、よろしく頼む的なこと言われたから、こちらこそーみたいな。今はそれの延長の話」
「あー、なるほどな」
クッキーを食べながら言うブン太は、納得した様子でうんうんと頷いていた。
さて。この後に控えた6限が終われば、私は晴れて帰宅部を卒業だ。
その事実を前になにか忘れているような気がしたけど、この時の私は、その正体にまだ気付かない。
「お、あったあった。これだろぃ?芽衣子のジャージ」
「…何でたった数日間でそんな奥にいっちゃってんの」
これはあれだな。近々大掃除的なものをした方がいいかもしれない。
数日前に返却したばかりの私が着ていたジャージを引っ張り出してきたブン太に、そんなことを考える。
「あ、3B早いね」
「ブンが急かしたからのう」
「だって今日は記念すべき芽衣子の入部初日だぜ?」
「入部決まったのついさっきだけどね」
「届は出してきた?」
「うん、HR終わってすぐ職員室連れてかれた」
「そう、良かった」
もうすぐ引退だぞ?って先生不思議そうな顔してたなあ。
気持ちはよくわかりますよ先生、私だって最初はそう思ってたしね。
「で、これから着替えるとこなんだね」
「うん。私先着替えるから出てってくれますか」
「まあその方が効率的にもいいか。2人とも、いったん外出るよ」
「おー」
幸村くんの言葉を合図に出て行った3人を確認し、つい数日前まで着ていたジャージを広げる。
…まさか再び、しかもこの前とは違うマネージャーっていう立場で着ることになるなんて思わなかったなあ。
「……………」
けど、何か嬉しい。
そんな思いで少しほこりくさいジャージを胸に抱き締めれば、扉の向こうから騒がしい声が聞こえてきて、私はまた嬉しくなった。
「ということで、新しいマネージャーの谷岡芽衣子ちゃん。この前はサポートで俺たちの合宿に来てくれたけど、今日から正式なマネージャーになってもらうことになったから」
こんなことになるなんて聞いてない、何で誰も教えてくれなかったの。
数十人はかたい部員を前に血の気が引いていくのを感じる私は、人見知りが直ってなんていなかったらしい。
「ほら芽衣子」
「…う、ん。3ね、「芽衣子先輩緊張してるっすね」
「合宿で氷帝の方々とは親しげに話せていたので、いくらか良くなったかと思ったのですが…」
3年の谷岡芽衣子です、と続けようとしたところに、切原くんが被せてきた。柳生くんも普通に返してるし。
…私切原くんのことかわいいと思ってたし柳生くんのことはすごい人だと思ってたけど、このタイミングは流石にひどくないですか。ねえ、ひどくないですか。
「ふふ、赤也と柳生がそんな小さい声じゃ聞こえないってさ」
「…3年の、谷岡芽衣子です。引退までの短い間だけどよろしくお願いします」
やば、といった顔をしていた2人をガン見しながら言ってやった。どうだ、私だってやればできるんだよ。
そう思いながら幸村を見ればうっすらとした笑みを浮かべている。どうやらこれで大丈夫らしい。
「それじゃ、みんなストレッチ始めて」
幸村の言葉にほっと胸を撫で下ろし、改めて思った。私、全然人見知り直ってない。
考えてみればそうだよね、氷帝の人らはどうしたって5日間一緒にいなきゃいけない人たちだったから頑張れただけで、根っこの部分は本当に親しい人以外に無関心な私だ、ちょっとやそっとで直るわけなかった。
「さて、芽衣子」
「何でしょう」
「ボトルの置き場所とか諸々わかってるよね?」
「うん、一応」
「じゃあとりあえずできる範囲でやっちゃって。俺もこれからストレッチしなきゃいけないから」
わあ、ちょっとお手伝い的なことしたことがあるってだけでこの丸投げっぷり。
けどそれも、合宿で頑張ったおかげかもしれないと思うと、悪い気がしないから不思議だ。