「…おい。お前らなんでそんなにびしょ濡れなんだ」

「……湖に、落っこちまして」


ペンションに戻ったわたしたちを見て目を丸くした跡部くんは、呆れたようにため息を吐いた。
本当、今だけはそのため息正しいよ。


「…っていうか、氷帝の人たちはなにしてんの?」

「鬼ごっこだと」

「跡部くんはやらないんだ」

「俺様がやると思うか?」

「やってみれば?案外楽しいと思うよ」

「なにしてんの芽衣子、早く風呂入っておいで」

「あ、うん」


前方を歩く幸村が立ち止まっていたわたしの手首を掴み、ぐいぐいとどこかに連れて行く。
……え、わたし着替えもタオルも持ってな…じゃなくてッ。


「待って、わたし温泉は入らないよ」

「なに言ってんの、ちゃんと体温めないと駄目だよ」

「いや、終わりかけってだけでまだ一応生理中だから。温泉はほかの人も使うから駄目だよ」

「…ああ、そっか」


わたしの手首を離した幸村は、「じゃあ早くシャワー浴びてきなよ馬鹿」と言ってどこかに行ってしまった。
…なんか、合宿の中盤からわたしに対してきつくなってきてないか。


「……さむ、」


きつくなってきたっていうより、ほかの人に対しての態度と同じになってきたって感じだな。お客さん扱いももう終わったのか。
そんなことを思いながら自分の部屋に入り、熱いシャワーを全身に浴びた。










「よし、これで全員揃ったね」


少しでも乾けば、と干していたジャージを取り込んでバスに乗れば、先頭に立っていた幸村がわたしを見て言った。
おお、もうみんな乗ってたんだ。


「みんな忘れ物してない?」

「俺が各部屋確認したが大丈夫だった」

「流石蓮二だね。ありがとう」


前方に座る幸村と柳くんの声を聞きながら歩けば、まーくんがひょいひょいと手招きをした。
ここに座れってことか。


「まーくんちゃんと温泉入った?」

「面倒くさかったけシャワーにした」

「え、駄目じゃん。家帰ったらちゃんと湯船浸かるんだよ」

「湯あたり起こすぜよ」

「午前中の時点でシャワー2回浴びただけで、今日はまだ湯船には一回も浸かってないでしょ」


帰ったら、発汗作用があるわたしの入浴剤入れたお風呂に浸からせよう。
そう思いながら窓際の席に座って外を見れば、氷帝の人たちがバスに乗り込もうと集まっているところだった。


「5日間早かったっすねー」

「あっという間だったなー」


切原くんとブン太の声に彼らを眺めていると、視線に気付いたのか、がっくんが笑ってこっちに向かって手を振った。
それに気付いた忍足くん、宍戸くん、ジローくんも手を振ってきて、日吉くんと鳳くんは軽く頭を下げる。


「……………」


忘れ物、か。
ついさっき聞いた幸村の言葉とブン太たちの会話が、頭の中で繰り返される。

ここに着いたばかりの時、まさかこの合宿を通して泣いたりする瞬間があるだなんて思いもしなかった。
悲しい思いもつらい思いも、痛い思いもたくさんした合宿だった。

けどそんな時わたしのそばにいてくれたのは、心配して声をかけてくれたのは、立海のみんなだけじゃなかった。
人見知りのわたしにあんなに友達ができるだなんて、立海じゃない人とも笑い合えるなんて思ってもなかった。

わたしにとってのこの5日間は、悲しみやつらさ以上に、楽しくて楽しくてたまらなかった。

そう思うと、いてもたってもいられなくて。


「それじゃあ行、「あのッ」


幸村の言葉を遮り、開いた窓から氷帝の人たちに声をかける。
少しだけ大きな声はすぐに届いたらしく、わたしを見る氷帝の人たちは不思議そうな顔をしたけれど、


「5日間色々あったけど、すごい楽しかったッ」


ありがとう、みんな。
言い忘れた思いを余すことなく伝えれば、笑って手を挙げる氷帝のみんな。
輝くその笑顔に少しだけ寂しさを感じたけど、


「忘れ物はないね」


そう言って笑う幸村の優しげな表情に、寂しがることなんてないんだと思った。



  


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