「じゃあそろそろ行こうか」

「ええ、そうですね」

「楽しみっすね芽衣子先輩!」

「うん、楽しみだね」


合宿最終日の午前9時。
「明日は最終日だから好きに過ごせ。ただし出発時刻には遅れるな」って昨日の夕飯の時に跡部くんが言っていたので、結局湖に行ってなかったわたしたちは、ただいま唯一道を知る柳くんを先頭にぞろぞろ湖に向かってます。


「ここ涼しいっすねー」

「日差しがあまり入りませんからね」

「冷める時に味が染みるらしいし、ブンもそろそろ染みてきたんじゃないか?」

「てめーふざけんなよ!」

「こら、2人とも暴れたら怪我するよ」


ブン太に味が染みてるとしたらやっぱり甘いのかな、なんて考えてたら幸村が2人を注意した。
確かに幸村の言う通り、ここは森の中だから道も舗装されてないし、あちこちに草や木が生えてる。
柳くんの忠告を受けて長ジャ着てきてよかった。


「なんだこの虫。赤也これわかるか?」

「いや、見たことないっす」

「ちょっ…やめてジャッカルくん虫つかんだりしないでッ」

「む、谷岡は虫が苦手なのか」

「無理無理無理、ほんと無理ッ」


すぐ後ろを歩いてたジャッカルくんが、木に張り付いてた虫を手に取って切原くんに見せる。

うわわわわこわい、切原くんとブン太、それに幸村はなんだか興味津々って感じでジャッカルくんに近寄ってるし、なんでみんなそんな平気そうなんだよッ、男の子だからなのかッ。


「ジャ、ジャッカルく…!早く…!」

「…柳生くん?」


さっきまで「風が心地良いですね」なんて爽やかに言ってた柳生くんが顔を真っ青にしていた。
肩すくんでるし、どうやら柳生くんもわたしと同様無視が苦手らしい。


「柳生くんも虫駄目なんだ」

「駄目なんてものじゃありませんッ」

「良かった、仲間だ…」


男としてどうなの、なんて幸村は言ってるけど、そんなの関係ないよね。男だって虫に慣れてなきゃ怖いもんは怖い。
その点幸村は虫とか平気らしく、初日の夜かなんかわたしの部屋に蜘蛛がいた時も退治してくれた。
こんな虫も殺さぬような顔しといてよくやる男である。


「そろそろ着くぞ」

「えっ、もう?早くね?」

「さっき柳くん言ってたじゃん、すぐに着くって」

「その時丸井は菓子に夢ちゅ、「あっ!見えてきたっすよ!」


真田くんの声を遮った切原くんの言葉に正面を見れば、キラキラ輝く水面が見えた。
わ、こんな大きい湖初めて見た!


「ボート乗ろうぜ!」

「乗る!」

「あっ、待ってくださいよー!」

「ったく仕方ないのう」

「みんな転ばないようにねー」

「幸村も早くおいでよ!」


目を輝かせて走り出したブン太に続けば、背後の大人組からは盛大なため息が聞こえた気がする。
なんであんたたちはそんなに落ち着いてるの。高校生でしょ高校生。


「わ、水面光ってキラキラしてる」

「ボートどこっすかね?」

「あ、あれじゃね?」

「勝手に借りてええんか」

「どうだろ。やなぎくーん」


立ち上がったわたしは、柳くんに向け手招きをする。
くそ、人が呼んでるっていうのにまったく歩くペースを変えないとはいっそ清々しい。


「どうした」

「ボートって乗っていいの?」

「ああ、叔父から許可はもらった」


その言葉を聞いた途端駆け出した切原くんとブン太は、猛スピードでボート置き場まで走る。
見た感じ4人乗りが3つあるけど、どういう風に分けて乗るんだろう。

っていうかそもそもみんな船乗れるのかな、と思いながら見回せば、柳生くんに目を反らされた。
あれ、柳生くんもしかして船駄目?


「ふむ、柳生は船酔いするのか」

「や、柳くん!」

「落ち着きなよ柳生くん、人にはみんな苦手なものがあるものだよ」

「柳くんと谷岡さんだけに知られるならわたしだってこんなに焦りませんッ」

「じゃあ誰に知られたら嫌なの?」

「そんなの仁王君に決まっ、「なんじゃ柳生、呼んだか」


背後からの声に、柳生くんの顔が青ざめていく。ああなるほどね、確かにまーくんに知られたら厄介だわ。


「なっ…なんでもありません」

「あ。もしかして柳生船駄目なん」

「!」

「へえ、柳生って船酔いするの?」

「幸村くんまで…!」


あーあ、可哀相に柳生くん、まーくん絶対乗れって言い出すよ。
でもま、ただ嫌いとかじゃなく気分が悪くなっちゃう系だし、これは止めないと。


「柳生くんは本当に船苦手らしいし、」

「そうじゃな。待っときんしゃい」

「「…え?」」


予想外のまーくんの言葉に、思わず柳生くんと被ってしまった。
面白いこと大好きなまーくんが待ってろだなんて、ゲリラ豪雨に遭ったりしたらどうしよう。


「なんじゃ2人そろって」

「いや…まーくんがそんなこと言うとは思わずに」

「ええ、わたしもそう思って…」

「…失礼な奴らじゃのう」


そう言って、まーくんはしっぽをぴょこぴょこさせながら切原くんたちの方に向かう。
わ、あいつらロープでつながれたままのボート乗ってゆらゆらしてる。どんだけ楽しみなの。わたしも楽しみだけどさ。


「俺も酔いそうだから遠慮しとくか」

「ジャッカルくんも船酔いするの?」

「いや、さっき飯食いすぎてさ」


ということは、船に乗るのはわたしを含めて7人か。
…うん、ブン太と切原くんはもうゆらゆらしてるし、組み合わせも決まったようなもんだよね。


「じゃあ芽衣子と仁王はブン太たちの方で、俺たちは3人で乗ろうか」

「そうだな」

「うむ」

「…やっぱりそうなるかー」


案の定だった。
そうだよね、あいつらと一緒に乗ったりしたらボート転覆しかねないもんね。
そりゃ嫌だわ、わたしだって嫌だもん。けど悲しいことに幸村には逆らえない。
そっちに乗っけてって言ったら、そんなことしたら馬鹿3人がうるさそうだからやだって断られた。


「ってわけで、こっちは俺と蓮二、真田で乗るから」

「はーい」

「俺漕ぎたいっす!」

「俺はパス、ブンやるか?」

「やるやる」


ああ神様、もっとも任せたくない2人がオールを使うことになってしまうとは何事ですか。

とはいえ仕方がない。まーくんは疲れること嫌いだし、わたしだって筋肉痛に襲われている腕を酷使なんてしたくない。


「じゃあ乗ろっか」


幸村の声に、一斉にボートへ乗り込む。
まあ2人ともわざわざ危ないことはしないだろうし、大丈夫だよね。

その考えが間違いだったと気付くのは、ほんの1分後のことだった。



  


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