「芽衣子ちゃん」
「あ、やぎゅ……う、くんじゃない」
そうだ、今まーくんは柳生くんの姿をしてるんだ。
試合を終えててくてく歩いてきた彼はどれだけ眠いんだろう。歩くのめっちゃ遅いよ。
「…まーくん、お疲れ様」
「ん」
「もう試合終わったんでしょ、ウィッグ取って。やだそれ」
「ん」
私の言葉に大人しくウィッグを取ったまーくんは、ぐしゃぐしゃと髪を掻いた。
うん、やっぱりこっちの方が見慣れて…あ、
「伊達メはかけたままでもいいよ」
「似合っとる?」
「うん、格好良い」
「じゃあつけとる」
眼鏡かけたまーくんを見るのは初めてだけど、なかなかに似合ってるな。うん、胡散臭さは増したけど格好良い。身内とはいえね。
そう思いながら隣をポンポンと叩けば、彼は眼鏡をかけたまま嬉しそうに笑って、私が座るベンチの横に腰かけた。
「眠い?」
「めっちゃねむい」
「昨日ごめんね」
「んーん」
冷えたドリンクをほっぺに当てると、よっぽど冷たかったらしい、半分閉じられていた目が見開いた。
ふふ、びっくりしてる。かわいいなあまーくん。
「あ、そうだ。さっき忘れてたけど、これ宍戸くんから」
「…飴?」
「うん。何か昨日の夜のこと話したらまーくんが可哀相だってくれた」
「…どういうことじゃ」
わ、首傾げた。かわいい。
まーくんって一見冷たそうに見えるのに実際は甘えん坊だし仕草とかすごいかわいいんだよね。
眠いせいか今日はそれが全面に出てて、私の母性本能がものすごい刺激されてる。きゅんきゅんする。弟を持ったような気分だ。
「後でまーくんに謝るってさ」
「何で宍戸が俺に謝るん?」
「…まーくんが眠そうだから?」
「…芽衣子、ちょっと俺ようわからん。1から教えて」
順序だてて説明せず、ただ聞かれたことに答えたのがいけなかったらしい。
眉間に皺を寄せてる顔も画になるとかイケメンって得だよね、羨ましい。
「えっと…私の部屋で寝たこと謝られたんだけど、まーくんに一緒に寝かせてもらったから大丈夫って言ったの」
「…ほー」
「そしたらラリー練習してたまーくん見て、だからあんな眠そうなのかって」
それで、謝るって言ってたよ。
そんな私の言葉を聞いて、まーくんは頭を掻いた。
意味がわかったのかな。私には全然わからないのに、頭が良い奴はこれだから嫌だ。
「…まあ、芽衣子はなんも気にしなくてええよ」
「そうなの?」
「ん」
これは芽衣子が食いんしゃい。
そう言って、まーくんは私の手に飴を戻す。もらっていいのかな、宍戸くんはまーくんにあげたのに。
「でも宍戸くんはまーくんにって」
「1回受け取って俺のもんになったから、それを芽衣子にあげただけ」
「……ううううん、」
「芽衣子いちご味好きじゃろ?」
「うん、すき」
「じゃあブンちゃんに見つかる前に食った方がええ」
そうだ、ブン太に見つかったら確実にとられる。それだったら私がもらった方がいいのかも。うん、きっとそうだよね。
「じゃあもらう、ありがと」
「ん」
私の頭をぽんぽんと撫でるまーくんは、何だか愛しいものを見るような目で笑って。
だからなぜか私は、さっきまで感じていた母性愛のようなものとは違った、
「…芽衣子?」
胸のときめきに似た何かを、ぼうっとする頭の中で覚えた。