「…え、なにこれ」


何事もなく終わった3日目の練習。
そろそろ寝ようと浴びたシャワーから戻ると、有り得ない光景が広がっていた。


「長かったね」

「女の子だからね。っていや、違う」

「芽衣子ええにおい」

「ほんま仲良しやなあ」


いや、おかしいでしょこれ。
何でみんな勝手にわたしの部屋入ってきてんの。何か寝てる人いるし、何なの本当。
あとまーくん重いよ、髪の匂い嗅ぐのもやめて。


「あの、なんでわたしの部屋にたくさん人がいるんですか」

「入るって言っても返事なかったから」

「じゃあ入るなよ」

「アーン?」


跡部くんに軽く睨まれて息を呑む。やばい、普段みんなに接するのと同じような言い方しちゃった。

しかし、あれか。わたしがシャワー浴びてて、幸村(まだこの呼び方には慣れない)の声に気付かなかったんだきっと。それにしてもシャワー中に勝手に入ってくるとは驚きだ。

立海の人もいるし、普通の時なら全然いいけど、わたしが面倒くさがってバスタオル1枚とか下着で現れたりしたらどうするつもりだったんだろう。いや、どうもしないのかもしれないけど。


「すまないな、疲れているだろうに」

「わたし柳くん大好きだよ」

「ああ、ありがとう」


引っ付いてるまーくんを強引に剥がして抱きついたら、柳くんが背中をぽんぽんと叩いてくれた。
もう本当、好き。柳生くんもジャッカルくんも大好きだけど、わたし柳くんのこと大好きだよ。


「参謀ずるいなり」

「そうだよ、無言は肯定だとか言ったのだって蓮二だろ」

「そうなの?」

「ああ」

「許す」


なんでじゃ!と騒ぐまーくんはこの際どうでもいいので放っておく。っていうか、本当なんでいるんだろうこの人たち。


「で、なにかご用ですか」

「俺たちがお前の部屋にいることに理由なんて必要?」

「立海はともかく、氷帝の方々がいる理由だよ。跡部くんと忍足くん以外寝てるじゃん」

「あー、何かこいつらお前の連絡先知りたかったらしいぜ」

「連絡先?」

「けどお前がシャワー浴びてる間に寝ちまったんだよ」


ああなるほど。こんなに騒いでるのに、ぴくりとも動かず眠るがっくん、宍戸くん、ジローくん、そして日吉くんを見て少し申し訳なくなった。
練習で疲れてるところ来てくれたのにごめんね。

しかしこの3人が幼馴染って本当かわいい。これはあれだね。宍戸くんが長男、がっくんが次男で、ジローくんが三男。日吉くんもそこに加えるならもちろん四男だ。


「4人はわかったけど、なら跡部くんと忍足くんはなんでいるの?」

「今丸井が言っただろうが」

「俺も教えてもらおうと思って来てん」

「…跡部くんも素直に言えばいいのに」

「うるせえ」

「ていうか、それだったら幸村…が、教えてあげたらよかったじゃん」

「だってこの方が面白くない?」

「……」


そうだ、幸村はそういう人間だった。
しかしこれは困った。4つあるベッドが全部占拠されてるし、わたしどこで寝よう。疲れてるしもう寝たいんだけど。


「ねえ柳くん」

「ん?」

「わたし今晩どこで寝たらいいかな」


そう問いかけると、顎に手を当てて考え出す柳くん。そのポーズが様になるとかすごいね、さすが頭いいだけある。


「氷帝の近くの部屋はどうだ」

「駄目でしょ蓮二、そこは俺たちと一緒にって言わないと」

「いや、こう言った方が面白いことになりそうでな」


にやりと笑う柳くんが何を考えてるのかわからないけど、何だかすごく楽しそうだ。
ていうか、その部屋って。


「…そこって、幽霊出るって噂あるところじゃないの」

「ああ、そうだ」

「……無理、まじで無理」

「え、芽衣子ちゃん幽霊系好きなんとちゃうの?日吉が言ってたで」

「違う違う、怖い話とかホラー映画とかが好きなだけで、自分が体験する系は無理。日吉くんにもそれは言ったし」


なんか一気に血の気が引いた気がする。
きっと青ざめているだろう顔をぶんぶんと横に振ってみるけど、視界に入った幸村がものすごく楽しそうなきらきらとした目をしていた。
なんでそんな目してんだよ意味わかんないよ。


「ああ、あの部屋のことか」

「跡部知ってんのか?」

「こいつらがそこの隣の部屋使ってて、隣の部屋の方から変な音がして夜寝られなかったって昨日の朝文句言ってたんだ」


跡部くんの視線を追うと、そこにいたのは熟睡しているがっくんと宍戸くん、それにジローくんに日吉くん。
…なるほどね、ジローくんと日吉くんは跡部くんと同じ部屋らしいから単純に爆睡してるんだろうけど、2人はそんな思いしてたんだ。

…うん、今晩は誰かと一緒に寝させてもらおう。
そうだ、ジャッカルくんがいい。もし寝てたら起こしちゃうことになるけど、事情を離せば快く了承してくれそう。


「…じゃあわたしジャッカルくんのベッドもぐりこむことにする」

「あいつああ見えて寝相悪いぜ」

「うそっ」

「うーそー」


うざい。その手に持ってるDS折ってやろうか。


「いや、俺らがこいつら連れて帰るから気にせんでええよ」

「え、それはいいよ。すごい疲れてるんだろうし、こんなにぐっすり寝てるのにもし起こしちゃったら可哀相」


忍足くんの優しさはありがたいけど、こんなに気持ち良さそうに寝てるのを見たら流石にそんな気は起きない。
立海の人だったら(人によっては)どうにかして叩き起こすけど、まあ氷帝だもんね。うん、この部屋使ってるわたし的にはお客さんだから、氷帝の人は。


「芽衣子、俺んとこ来てええよ」

「え、いいの?」

「ん」

「まーくんのこと大好きだよ」

「俺もじゃー」


ああよかった。まーくんは寝相も悪くないし、これで今晩はしのげるね。
そう心の中で喜ぶわたしに反し、幸村はムッとした顔をする。


「なに言ってんの、いくらいとことはいえ年頃の男女2人なんて駄目に決まってるじゃん。俺のとこおいで」

「今言ってたことすごい矛盾してるし、幸村は顔に落書きとかしそうだから嫌」

「それは仁王もだろ」

「………」

「せんよ」

「こう言ってるけど」

「するね、絶対に」

「じゃあブン太」

「俺はいいぜー」

「ブンは寝相悪いけ芽衣子潰されるぜよ」

「潰さねーよ!」

「やだ、じゃあ柳くんッ」

「潰さねーって言ってんだろ!」

「蓮二も駄目」

「駄目って言われても。お父さんなのに」

「え、芽衣子ちゃん柳の娘なん?」

「うん」

「いいから黙って俺と寝ればいいの」

「なんでそこまでこだわるの、もはやちょっと気持ち悪いよ」

「つか聞けよ!」

「うるさいのうブンちゃんは」


わたしたちのやり取りに跡部くんがため息を吐き、忍足くんが苦笑した。ごめんねこんな変なとこ見せて。
でもこれが立海の日常なんだ、悲しいことに。


「芽衣子、俺様の部屋に来るか?」

「え、いいの?」

「当然だ」

「ちょっと待て」

「それはいかんのう」

「跡部、お前自分が何言ってるかわかってる?芽衣子はこれでもうちにとっては大事なペットなんだよ」

「芽衣子ちゃんペットなん?」

「いや、わたしはそのつもりない」

「俺にとっては娘兼ペットだがな」


ちょっとみんな加減にして、わたし寝られないよこれじゃ。
柳くんも珍しくふざけてないで止めてほしい、こいつら止められるのは柳くんだけなんだよ。自分の役割放棄しないで。


「…もういい、わたし床で寝る」

「それは良くないな。体も冷える上に疲れが取れなくてつらいのはお前だぞ」

「そんなこと言ったって、わたしだってもう寝たいんだよ」


どうしろって言うの。
切原くんは見るからに寝相悪いタイプだし、真田くんは朝絶対面倒くさいことになるでしょ。
柳生くんは朝のこと考えると申し訳ないし、考えてみればジャッカルくんにもね…これ以上苦労かけさせるのは申し訳ないし。もう眠いよわたし。


「つーか、宍戸と向日の部屋のベッドが2つ空いてんだから、そのどっちか使えばよくね?」

「おおブン太すごい、名案っ」

「だろぃ?」

「いや、その部屋ってここで寝とるうちの2人が使ってる部屋じゃろ」

「…あ、そっか」


つんつんとわたしのほっぺをつつきながらまーくんが言う。
…はあ。もうどうしよう今夜。


「らちがあかなそうだし、俺はそろそろ戻るぜ」

「すまんな芽衣子ちゃん、なんかあったら俺らの部屋来たらええから」

「あ、うん。2人ともごめん、変なのに巻き込んじゃって」


片手を上げて部屋を出ていった跡部くんと忍足くんを見送ったはいいけど、これでまた振り出しに戻ったわけだ。
うううううん、もうまぶたが重い。この際誰のところでもいい、頼むからわたしを寝かせてください。


「っていうかさ。このままだったら本当にらちがあかないし、いっそのことその部屋確かめに行こうよ」

「…は?」

「何もないってわかったら芽衣子もそこで寝られるでしょ?」


いや、でしょじゃなくて。
何怖いこと提案してくれてんの幸村、わたしそういうのほんと無理って知ってるじゃん。


「で も、少なくとも宍戸くんとがっくんはその部屋で変な音聞いて、」

「聞き間違いかもしれないじゃん」

「いやいやいやいや」

「それは名案だな、精市」

「ちょっと止めてよ柳くんッ」


何、何なのこの流れ。ブン太はさっきからやってたDS閉じるし、横に座ってたまーくんは立ち上がるし。
え、ちょっと、これマジで行く感じになってない?


「ほら芽衣子、置いてくよ」

「いいよむしろ置いてってよッ」

「もしかしたらそいつらになんか憑いてるかもよ」

「宍戸と向日に霊が取り憑いてる確率100%」

「柳くんは嘘吐くなッ」


ブン太が変なこと言うから柳くんも悪ノリしちゃったじゃん!
そんなことあるわけがないって思ってるのに、2人のせいでなんか怖くなってきちゃったし。


「どうする?その部屋で7人で過ごす?」

「…幽霊も人数に入れないでッ」


行けばいいんでしょ、行けばっ。
勢いよく立ち上がったわたしに、4人が笑った。



  


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