「ああ谷岡、おかえり」
「……………ただいま」
「…疲労の域を超えて疲弊しているようだが、どうした?」
あれからおよそ10分。
わたしがこれほどまでに沈んでいる理由は、たった1つしかなかった。
「芥川を起こしに行ったと仁王に聞いたが、そんなに大変だったのか?」
「…ちがう」
「ならなにがあったんだ」
あの後すぐにやってきてくれた樺地くんとジローくんとともにコートに戻ってきたわたしは、樺地くんに彼を任せて真っ先に柳くん(最初に発見した手の空いてた立海の人)のもとに走ってきた。
「わたし、昨日目標2つ言ったじゃん」
「日吉と樺地と話す…だったか」
「日吉くんとは話せたんだ。あとで連絡先教えてとまで言われた」
「それは良かったな、日吉がそこまで言うことはなかなかないぞ」
「うん、それは良かったの。それはね」
けど、肝心のもう1人がなあ。
その言葉は飲み込んでため息を吐けば、
「芽衣子ちゃん」
「わ、まーくん。ただいま」
「おかえり」
「さっきはごめんね、ありがと」
「それは別にええけど、なんで戻ってきて最初に来るんが参謀のとこなん」
「雅治さんさっきまでミニゲームしてたじゃないですか」
「してましたけどー」
突然背後から抱きついてきたまーくんに驚いて振り返れば、唇をとがらせて不満げな顔。
…なんか、昨日のアレが解決してからスキンシップ過剰になってないか。合宿来る前よりも激しいよ。
「…途端にくっつき始めたな」
「あ、わたしも今そう思ってた」
「考えてみりゃあ別に学校おるわけでもないしのう」
「別に家でしてたわけでもないじゃん。っていうか他校のテニス部には見られるのはいいの?」
「虫除けじゃき」
虫除けって…別にこんなことしてこなくたって誰も寄ってこないと思うんだけどな。
とは、思いながらも。
「なるほど」
「いや?」
「ううん、かわいい」
いきなりものすごい勢いで抱きついてきたり、思い切り体重かけてきたりしない限りはまあいいや。
くっつき虫なまーくんもかわいいしね。
「…それで?日吉は良かったが、樺地がどうしたんだ」
「………なにも話せなかった」
「ああ…」
「じゃろうな」
諦めたような声で話を戻した柳くんに答えれば、なぜかまーくんまでもが同情を寄せるような声色で言ってきた。
なに、樺地くんってそういう人なの。
「樺地は極端に無口なんだ。今日を含めても合宿はあと3日だが、一応覚えておくといい」
「へえ、跡部くんとよく一緒にいるところは見てたから、わたしが嫌われてるのかと思った」
「跡部とは相当付き合いが長いからな」
「ああ、そうなんだ」
…あれ、でもそれって、結局跡部くんだから話せるってだけなんじゃないのか。
そう思って柳くんの顔を見れば、思いが伝わったかのように「誤解するなよ」と言われた。
「今のはあくまで対跡部の話であって、樺地が無口なのは誰に対しても同じだ」
「ああ、そうなの」
「俺が芽衣子んとこに行ってくれって言う時も、『ウス』しか言わんかったし」
「わ、すごい、今の超似てたよ」
「もっとほめて」
「すごいすごい」
まーくん物真似できたんだ、めっちゃクオリティ高かったからびっくりした。
ぱちぱちと控え目な拍手をしながら言えば、まーくんは満足げに笑う。
「でも、それなら良かった。ってことは目標2つ達成だ」
「ああ。よく頑張ったな」
「もっと褒めるが良い、わたしは褒めて伸びるタイプだよ」
「知ってる」
わたしの頭をぽんぽんと撫でて、柳くんが小さく笑った。ばれてたらしい。
「芽衣子」
「あ、跡部くん」
「…………」
「……警戒すんな仁王。そんな状態でいる奴を取って食ったりしねえよ」
声をかけてきた瞬間わたしをひときわ強く抱き締めたまーくんに、苦笑しながら言う跡部くん。
本当、もう仲直りしたっていうのになにに警戒してるの。
「まーくん、苦しいから。骨折れる」
「折れたら看病しちゃる」
「だ、代理ミュンヒハウゼン症候群」
「ミュン…?なんじゃそれ」
「周囲の関心を得るために、暴力をふるった相手に対し自ら看病をする精神疾患だ。仁王は周囲の関心を求めていないことから代理ミュンヒハイゼン症候群とは言い難いが…谷岡、よく知っていたな」
「TVで見た。そしてわたしは柳くんのその知識量に若干引いているよ」
ま、まさかそんなつらつらと説明されるとは思わなかった。どうなってるのあなたの頭の中。
「心配せんでもそんなことしないぜよ」
「するとか言われたら帰ったらすぐに家出てくよ。……あ、ごめん跡部くん。なんだっけ」
「…いや、手間かけさせて悪かったな」
「なにが?」
「ジローのことだ。ありがとよ」
そう言ってそそくさと(という表現がぴったりだった)去って行く跡部くんに、1人ぽかんと首を傾げる。
どうしたんだろうね、とまーくんと柳くんを見てみれば、2人は苦笑しながら顔を見合わせていた。