日吉くん、変わってるけどそこがまた面白い子だったなあ。
休めとは言われたけど具体的に何分って言われたわけじゃないし、と日吉くんががっくんの方に向かったのを見届けて腰を上げたわたしが、そんなことを思いながらお仕事を再開しようと歩いていた時だった。
「おい芽衣子」
「………ん?」
…なんかナチュラルに呼び捨てされた。
一瞬誰に呼ばれたのかと思ったけど、あたりを見回してみればわたしを見てるのは跡部くんだけ。ほう、君か。
今日は色々な変化があったりして楽しい日だな。そう思いながら跡部くんに近づけば、
「悪いがジローを探してきてくれ」
「…迷子?」
「たぶんどっかで昼寝してる」
お昼寝か。
わたしが初めてジローくんと接触した時も寝てたし、ブン太曰くよく寝る奴だとは聞いてたけど……練習中までとは流石のわたしも思わなかったよ。ご飯食べたから眠くなったのかな。
「あいつもうすぐ試合なんだよ」
「はあ、」
「とりあえず見つけたら引っ叩いてもいいから連れてきてくれ」
引っ叩くっていうのは流石に乱暴なんじゃ…っていうか殴ったりするのは駄目ってお昼休憩の時わたし言ったよね。
つまり、引っ叩くの案は駄目、無視、棄却。な、わけだけど。
「…ジローくん、携帯は?」
「寝てたら出ねえし、そもそも部屋に置きっぱなしかもしんねえ」
「……ブン太連れてっていいかな」
「休憩中ならな」
そう言われてブン太を探すも、姿が見えな…あ、いた。けどなんか練習してるから駄目だ。
…仕方ない。
「行ってきます」
「悪いな」
引っ叩いてでもってことはそう簡単に起きないんだろうし、わたしにどうこうできることだとは思えないんだけどな。
でもまあ、どうにかするしかないよね。
「ああ、もしお前がやっても起きなかったら――…」
その言葉に続いて跡部くんが発したある人物の名前に、わたしは内心微笑んだ。
「ジローくーん」
そういえばわたし、ジローくんに朝のお礼とか言ってなかったな。
そのことを思い出して彼を探し出してやろうという気持ちは一層強くなったわけだけど、
「…どこいんの、」
歩けども歩けどもジローくんが見つかる気配はない。
とりあえず日当たりの良さそうなところとか、わたしが知り得る限りの居心地の良さそうなところを重点的に探してみたんだけど…まさか、部屋で寝てるとかはないよね。流石に。
「……………」
いや、わたし普通にジローくんの部屋がどこか知らない。
ってことでお部屋訪問は却下、とりあえず引き続き周辺を探し、
「あ」
いた、かも。
木の後ろでふわふわと揺れる金髪にひっそりと近寄って、その姿を確認する。
「……やっと見つけた…」
すやすやと気持ち良さそうに眠るジローくんの横にしゃがみ込んで、その肩をわずかに揺する。
…わあ、全然起きない。覚醒するかは別として、まーくんだったらこの程度で一度は目を開けるのに。
「ジローくん、起きて」
声を少し大きくして、揺する手も少しだけ激しくしてみる。
もう早く起きてくれないと試合始まっちゃうよ。誰か知らないけど相手の人困っちゃうよ。
「ジローくん、ジローくん」
「…んうう、芽衣子…ちゃん、」
あ。目、開けた。
「ジローくん起きて、試合だよ」
「…しあ、い…」
「うん、試合。だから戻ってこいって跡部くんが言ってるよ」
「んー……」
駄目だ、一瞬目開けたと思ったらまた閉じた。
やっぱブン太に来てもらいたかったな、練習してた以上どうしたって無理だったけど。
「…仕方ない」
彼には申し訳ないけど、最後の手段を取らせてもらおう。
一応ジローくんの体引っ張ってみたけど全然動く気配ないしね。
「…あ、もしもしまーくん?」
ポケットから取り出した携帯を肩と耳の間ではさみ、最後のあがきとばかりにジローくんを揺する。
うん、全ッ然起きないね。
『どうした?ちゅーか芽衣子今どこおるんじゃ』
「跡部くんに頼まれて、もうすぐ試合だからってジローくん探してた」
『……ほう』
「やめて、声低くならないで」
若干の変化に気付いて言ったけど、冗談だったのだろうか。
『で、どうしたんじゃ?』と笑って続けるまーくんは、わたしの焦りなんてお構いなしだ。
「…あのね、もし起きなかったら、樺地くん呼べって言われたの」
『あー、樺地か』
「本当はブン太連れて行きたかったんだけど、なんか練習中だったから」
『じゃあ樺地に伝えたらええんか?』
「うん、お願い」
場所は食堂の裏をちょっと行ったところだから、とまーくんに告げ、切った携帯をポケットにしまう。
これから来てくれるだろう今日2つ目の“目標”に、ジローくんの頭を撫でながらわたしは笑った。