パコン、パコン。
そんなボールの心地いい音とあたたかい日射しを浴びながら、跡部くんと一緒に干した真っ白いタオル畳む。
ああ、なにも問題がない状況っていうのは、こんなにも人の心を穏やかにするものなのか。
そう思っていたつい数十秒前までの平穏をぶち壊したのは、
「ねえねえ谷岡さん」
ラケットを手にわたしの隣に腰かけた、幸村くんだった。
「なんだ幸村」
「え、真田の真似してるの?」
「なわけないでしょ」
普通に怒ってるんだよ、ばか。
そう思って幸村くんには見向きもせずタオルを畳み続ければ、うーん、なんてなにかを考えるようなそぶり。なにか用があるならさっさと言って欲しい。
「あ、そうだ」
「……」
そうだじゃないよ、さっさとコート戻って練習してきなよ。
いい加減そう言おうとしたわたしに、
「芽衣子」
幸村くんが、耳元で囁いた。
「な…に、いきなりッ」
「え、だって全然こっち見てくんないから」
やっとこっち向いた、じゃないよ。かわいこぶってんのか知らないけど普通にかわいいからむかつく。
「俺のこと幸村って呼ぶなら、俺は芽衣子って呼ぶね」
「は、」
「跡部がタオル畳み終えたら少し休めってさ」
それじゃあね、芽衣子。
心臓が止まってしまいそうなくらいの綺麗な笑顔でそう言った幸村くんは、ジャージをひるがえし背中を向けた。
「休めって言われてもな…」
なにをしたらいいんだ。
幸村(と呼んでいいのか)の突然の行動に命の危機に瀕しつつもなんとかタオルは畳み終えたけど、お腹もそんなに痛くないし、じっと座ってるのも退屈だよな。
そう思ってとりあえずぶらぶら歩くわたしに、行くあてなんて……あ、
「ひよし くん?」
「…ああ、立海の」
「なにして、「怖がりな人ですね」
「…は?」
なにしてるの、と聞こうとしたわたしの言葉を遮って言った日吉くん。
いや、おたくの部長を“アーン?さん”とか言ってたわたしもわたしだけど、君も君でどういう覚え方してるの。っていうか怖がりってなに。
「肝試しの時めちゃくちゃビビってましたよね」
「ああ、それ…」
「苦手なんですか、ああいうの」
「う、ん。すごい苦手」
あ、れ。思いの外スムーズに話せてる。
初日と比べたらいくらか改善されてきたとはいえ、人見知りなことに変わりはないから少し不安だったんだけど…なんかちょっと、拍子抜けした。
「日吉くんは全然怖がってなかったね」
「俺はああいうオカルトとかの方面に興味がありますから」
「ああ、そうなの」
なんか意外だな、(見た目的に)そういうの信じない現実主義みたいなイメージだったんだけど。
「っていうかなにしてたの、空見上げたりして、直接太陽見たら目だめになっちゃうよ」
「UFOを探してました」
「…ゆー ふぉー?」
「はい」
さっき通った気がしたんですけど、とかって平然と続けてるけど、なかなか変わった子だな。
……いや、まあそういうこと言われるの自分自身あまり好きじゃないから、流石に口に出しはしないけどさ。
「…昼間でもいるの?」
「出現する時間に関係はありません。夜の方が暗いから発見しやすいだけで、日中だっている時はいますよ」
「へえ、そういうもんなんだ」
っていうか普通に話しちゃってるけど、君練習しなくていいのかい。
あ、休憩中すか。そすか。
「…わたし、自分が体験する系は怖くて駄目なんだけどさ」
「肝試しとかお化け屋敷とかですか」
「そうそう。でも、怖い話とかホラー映画とかは好きなんだよね」
怖いもの見たさなのかな。
そう言いながら、座り込んだ日吉くんの隣にしゃがむ。…今ちょっと目が輝いた気がしたんだけど。気のせいかな。
「谷岡さん、ホラー好きなんですか」
「うん、体験する系じゃなけれ、「あとで連絡先教えてくれませんか」
「え、あ、はい…」
なんだなんだ、なにが起きた。
突然雰囲気の変わった日吉くんに少し驚きながらも頷けば、「ありがとうございます」と言って薄く笑ってくれた。
どうやらさっきの目の輝きは見間違いじゃなかったらしい。
「日吉くんって、「日吉ー!ラリー練習するぞー!」
本当にホラーとか好きなんだね、と続けようとしたタイミングで聞こえてきた声に正面を向けば、ラケットを振りながらこちらを見るがっくん。
あ、もう日吉くんの休憩終わりか。せっかくの時間邪魔しちゃって悪かっ、
「くそ、いいところで…」
………邪魔でもないし、悪くもなかったらしい。
っていうか仮にも先輩であるがっくんの呼びかけに「くそ」とか言っていいの。
君テニスしに来てるんでしょ、別にこんな話ならいつでもできるだろうに。
「それじゃあ谷岡さん」
「あ、はい」
「今携帯持ってないんで、あとで部屋お邪魔します」
「あ、はい、わかりました」
…日吉くん、おもしろい子だなあ。
面倒くさそうにがっくんの方へ歩いていく日吉くんのことを眺めながら、改めてそんなことを思った。