「さてと」


合同練習3日目、お昼休憩の時間。
ある程度食べたところでガタンと席を立ったわたしに、昨日と同様、みんなの視線が集まった。


「谷岡さんどうしたの?」

「どっか行くんか」

「部屋行くだけだよ。薬部屋に忘れたみたいだし、ちょっと汗かいて気持ち悪いからついでに着替えてくる」

「…嘘吐いてたら怒るぜよ」


………なんというか、わたしもなかなかに信用されてないなあ。
まあそれだって昨日の自分の行動が原因だから、文句を言おうにも言えないわけだけど。


「大丈夫だよ、ちゃんとご飯食べたでしょ。元気あるから心配しないで」


昨日よりはいくらか食欲も出てきた結果、ほとんど空になっている器を見たまーくんが、もう一度わたしを見上げる。


「…なんかあったら、すぐ連絡して」


本当に心配症というか、過保護だな。いやどっちもか。
そう思いながら「わかった」と笑って、わたしは静かに食堂を後にした。










「…どれが誰のだろう、」


お昼休憩に入る前にまわしておいた洗濯機からタオルやみんなのユニフォームを取り出し、パッと広げて眺めてみる。
…名前とかどっかに書いてあったりしないかな、なんて考える今の時刻は午後0時半過ぎ。絶賛お昼休憩中です。

ふふ。部屋に戻ると言ったわたしがここに来て洗濯をしているだなんて誰も思うまい。
そしてわたしをテキパキ仕事ができる人間だと思うがいいよ。


「…まあいっか、畳む時に確認しよう」


洗濯機の中からたくさんのタオルとユニフォームを引き上げ、大きなカゴの中にぽいぽいと放り込む。今日は天気がいいからよく乾きそ、


「……!」


う、だ。
そう思いながらドアを開け外に出ようとしたら、


「あと べ、くん」


きっと会わなきゃいけないだろうに、それでも会いたくなかった人が、すぐそこにいた。

どうしよう、どうしよう。
っていうかなんでここにいるの、さっきまで食堂いたじゃん。意味わからない。
そんな混乱する頭なのに体はたった1つの感情しか抱いていないらしく、カゴを持つ手には汗がにじんだ。


「…部屋に戻るんじゃなかったのか」


は。
ついそんな声が漏れそうになったけど必死にこらえれば、「さっきそう言ってたよな」と跡部くんが言った。
どうやら、会話を聞かれていたらしい。


「…洗濯か?」

「……う、ん」


うつむきながらやっと絞り出した声は自分が思っていた以上にか細くて、なんだかすごく情けなくなった。
ジローくんが背中を押してくれたのに。幸村くんが、きっかけを作ってくれたのに。

そんな自分自身への不甲斐なさに眉をひそめた時、わたしの視界に真っ白いシューズが見えた。
跡部くんが、わたしに一歩近づいた。


「昨日は悪かった」

「…え、」

「具合が悪かったんだってな」


なんで、そんな。
予想外の言葉に思わず顔をあげれば、バツが悪そうに跡部くんが目を逸らした。


「あの後、仁王に殴られてな」

「は、?」


わ、危ない危ない、びっくりしすぎてカゴ落としかけた。
跡部くんがキャッチして渡してくれたから良かったけど…って違う、いやありがたいけど、それよりもッ、


「殴ったってなに、どういうこと」

「お前がどれだけつらい中俺たちのサポートしてたかも知らないくせに、適当なこと言うなってよ」

「…………」


なんでよ。なんで、そんなこと言ったの。
きっと冷静になれば答えなんてすぐわかるだろうに、混乱する今のわたしの頭じゃ、そんな簡単なことも導き出せない。


「そのことについては仁王を責めてやるなよ。あれは確実に、俺が100%悪かった」

「……そんなこと、ないよ」

「あるんだよ。俺はなにも知らないままお前にあんなこと言っちまった」

「それでも殴ったりするのは、よくない。それに、昨日のわたしはああ言われても当然だった」

「…強情だな」


わずかに顔を上げれば、頭を掻きながら言った跡部くんが眉をひそめた気配がした。

でもこれは、譲れない。
口での言い合いなら「言い過ぎた」で終われるけど、手を出しちゃったら、その事実はその人の中に深く残る。
言葉での解決よりも痛みを与えるっていう衝動に駆られた事実は、きっと人をすごく傷つける。


「それだけお前のことが大事だったんだろ。俺に免じて許してやってくれ」

「…………」


俺に免じてって、どういうことだよ。
そう思いながらもどう答えたらいいかわからないわたしは、ただ黙って顔をしかめる。

そんなわたしに、


「昨日は本当に悪かった」

「………」

「お前はちゃんと頑張ってたんだな」


ぽん、と軽くわたしの頭に手を乗せて、跡部くんが言った。

気付いてくれた。もしかしたら、少しだけ認めてもくれたのかもしれない。
そう思うともうたまらなくて、鼻の奥がツンと痛む。


「自分だけ休憩早く切り上げてまで仕事しようなんて奴が、やる気ないわけないよな」

「……ちゃんと、あったよ」

「ああ」


俺たちのためにありがとな。
そう言ったと同時に奪われた洗濯カゴのに入ったタオルは、跡部くんの腕の中でひどく輝いて見えた。



  


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -