「っていうかお前もいい加減にしろよ」
「…?」
「谷岡さんのことだよ」
「え」
もうそろそろ夜ご飯の時間か、なんて考えてたら幸村くんがそんなことを言ったのでびっくりしました。
涙もすっかり引っ込んだ、17時半ちょっと前のことです。
「なに、いい加減にしろって」
「具合悪いのになんですぐ言わないの」
「言って治るなら言ったよ」
「…谷岡さん、そんなに俺のこと怒らせたい?」
「すいません、ごめんなさい」
うっすらと笑いながら拳を振り上げた幸村くんを見て反射的に言えば、彼は大きなため息を吐いて手を下ろした。
こ、こわ。幸村くんこわ。
「…言ってくれれば俺たちだって手伝えたんだよ。無理して1人でやることないじゃん」
「……だってそんなことしたら、跡部くんにどう思われるかわかんないもん」
「は?跡部?」
「…歓迎されてないんだろうなっていうのは、最初から思ってた。だから粗を見せたくなかった」
まあ結局、1人で頑張ってても無駄だったわけですが。
言葉にはしないまま内心苦笑すれば、柳くんと幸村くんが顔を見合わせてため息を吐いた。今日の私はよくため息を吐かれる。
「谷岡さんさ、もっと俺たちのこと頼ってよ」
「頼ってるけど…」
「怒るよ?」
「え、なんでッ」
っていうか、もう怒ってるんじゃ。
そう思いながらも言えるわけなんてなくて、ただごめんごめんと謝ることしかできない。幸村くんは見た目の割に短気らしい。
「跡部1人に言われるくらいなに?もしなにか言われたとしても、俺たちがいるじゃん」
「………うーん、」
「なに」
「でも、私がここに来たのはみんなが練習に集中できるようにするためだし。その私がみんなに手伝ってもらっちゃ本末転と、」
ゴンッ
「い…ッ!」
いきなり後ろから頭をチョップされた。
何事かと振り返れば、眉間に皺を寄せながらゆっくりと手を下ろす柳くん。おまえか。
「いきなり何す、「お前はさっきジャッカルに言われたことがわかっていないのか」
「……………」
そういえばさっき、倒れたりしたら元も子もないとジャッカルくんが言ってた気がする。
そう思ってジャッカルくんを一瞥すれば、苦笑されてしまった。なんか、申し訳ない。
「…わかってるよ。ちゃんと理解してる」
「なら、「けど、納得はしてない」
倒れたら元も子もないなら、倒れなきゃいいだけだもん。
ゴンゴンと痛む頭を押さえながら言う私に、今度は幸村くんが眉をひそめた。
「谷岡さんって結構馬鹿なんだね」
「…失礼だね」
「失礼なのはお前の方だろ」
あ、やばい。幸村くん怒ってる。
そうわかってしまったからにはふざけることなんてできなくて、少し怯えながらも、幸村くんの目をしっかりと見る。
「そんなに俺たち頼りない?信用できない?」
「…そうじゃない」
「なら頼ってよ。俺たち友達じゃん」
友達。
その言葉になんだか心があったかくなったような気がして、幸村くんは苛立ちと悲しみが混ざったような顔をしてるのに、少し嬉しくなってしまう。
「谷岡さんが俺たちを大切に思ってくれてるっていうのは、俺たちもわかってるからさ」
「…………」
「谷岡さんが俺たちを大切に思うように、俺たちも谷岡さんに対してそういう思いを持ってるって信じてよ」
今まで一度として言われたことのなかった言葉に、見たことのない悲しげな幸村くんの表情に、私はそうさせるだけのことをしてしまったんだと実感した。
私が思うように、みんなも、私を。
「……へへ」
「…なに笑ってんの?」
「幸村、その笑い方は本当に嬉しい時の笑い方じゃ」
「え、そうなの?」
「おい言うな」
余計なことを言うまーくんの口を押えるべく振り返れば、それを阻止するかのごとく幸村くんが手を伸ばす。
ちょ、わ、っ!
「ありがとう、谷岡さん」
「は、?」
肩を掴まれ、幸村くんの胸に背中を預ける私にそう言った彼は、
「ああああああああ!!」
もう一度ありがとうと言って、私のつむじにキスをした。