昔一度だけ、いつもいたずらしてくるまーくんに仕返ししてめっちゃ追いかけられた時に逃げ切れた気がしてたけど、あれ夢じゃなかったんだ。さっきすれ違った宍戸くんと鳳くんが「谷岡って案外足速いんだな」「そうですね宍戸さん!」って言ってたし。(どうやら鳳くんは宍戸くん信者らしい)
…ってちがう、今はそんなこと考えてる場合じゃな、…あっ!
「やなぎく、!」
じぐざぐに走ってやっとたどり着いたコートで、柳くんとその後ろにいた幸村くん真田くん、そして跡部くんを発見。
跡部くん……は、普通に怖いから近寄りたくないけど。彼を除けばみんな立海、そして馬鹿が1人もいない。よし、大丈夫だろうたぶん。
「たすけて、ッ」
「は?」
は?だって、柳くんが。珍しい。
そう思いつつもちゃっかり柳くんの後ろにまわったわたしの横には幸村くんと真田くん。真田くんの横には跡部くんがいるけど、これでもう大丈夫。こわくない。
「ずいぶんとアクティブな連れて帰り方したんだね」
「普通に行ったのに逃げたんじゃッ」
「…谷岡、逃げたのか?」
「……だって、」
連れて帰るとかなんとか、幸村くんの言ってることはよくわからないけど……あれ、なんかこれ既視感。ああそうだ、真田くんの時だ。
はあ、やっと呼吸落ち着いてきた。
「芽衣子こっち来んしゃい」
「…………」
「谷岡、嫌なら嫌だと言いなさい」
「参謀っ」
変なこと言うな、と言ったまーくんが一歩踏み出して、わたしはぎゅっと柳くんのジャージを握り締めた。
…嫌かと聞かれれば、嫌じゃない。まーくんだもん。
けど、
「……こわ い、」
「…だ、そうだが」
「…………」
わたし、そして柳くんの言葉を聞いたまーくんは、心底ショックを受けたように顔をゆがませて黙った。
だって仕方ないじゃん。あんなこと言われた後で2人で話すだなんて。わたしもう、傷つきたくないよ。
「ねえ、谷岡さん」
「……え、」
「ちょっと俺と2人で話そうか」
「…は、え?」
「蓮二、真田、仁王が絶対にこっち来ないようにしてね。来ようとしたら殴ってでも止めて」
「ああ、わかった」
え、ちょっとわけわからないんだけど。
そういう間もなく手首掴まれちゃったし、真田くんは返事してるし、わたしは幸村くんに、連行されてるし。
「ゆきむら くん、?」
「谷岡さん、具合大丈夫?」
「…え?」
突然の言葉に、幸村くんに掴まれたままだった手が震えた。
だってそんな、朝以来一度だって、具合のことを聞いてきたりしなかったのに。
「仁王から聞いたよ。めちゃくちゃ具合悪かったんだって?」
「…わたしまーくんに、そんなこと言ってない」
「言わなくても、仁王はちゃんと気付いてたよ。谷岡さんがすごい具合悪くて今にも倒れそうなくらいつらいのに、ちゃんと頑張ってたこと」
まーくんが気付いてたとしてどうして幸村くんまでそのことを知ってるのかなんて、どうでもよくなっていた。
幸村くんの言葉に、すべて救われたような気持ちになった。
「…わた、し。がんばってたかな」
「うん、頑張ってたよ」
「ちゃんと、がんばれてたかな」
「うん。大丈夫」
すごく助かったよ、ありがとう。
これ以上ないくらいに優しい声で言う幸村くんの言葉に、鼻がツンと痛くなる。
けど、泣いちゃだめだ。
そう思って手をぎゅっと握り締めれば、まーくんと同じように大きな幸村くんの手がわたしの拳を包み込んだ。
「もう十分痛い思いしたんだから、自分で痛くしちゃ駄目だよ」
「…う、ん」
まるで子供をあやすようだと思ったけど、なんだかまーくんみたいで、少し安心した。
「仁王はね、嘘吐いちゃったんだよ」
「…うそ、」
「うん、嘘。昨日肝試しの前に、谷岡さんが仁王に『嫌い』って言ったみたいに」
そう言われて、昨夜自分がまーくんに放った言葉を思い出した。
…ってことは、
「まーくんは、思ってもないこと、言ったの」
「うん、そうだよ。あの後俺と蓮二にはちゃんと話してくれた。なんであんなこと言ったのかって」
「なんで、?」
「それは俺からは言えない。ちゃんと仁王から聞こう」
「……………」
大丈夫だよ、怖くないから。
うつむいたわたしにそう言った幸村くんは、まーくんからなにを聞いたんだろう。
あの言葉をわたしに放つことが許されるくらい、納得できるくらいの理由が、あったのかな。
「……でも、」
「ん?」
「理由聞いても許せなかったら、どうしよう。わたしまーくんのこと嫌いになりたくないよ」
わずかに顔を上げて言えば、幸村くんは驚いたように目を丸くした。
でもすぐに、穏やかな笑顔を浮かべて。
「そう思ってるなら、大丈夫」
だからちゃんと話して、仲直りしておいで。
そう言って笑った幸村くんは、わたしの背中をポン、と押した。