「ごめん切原くん、ありがと」
「いやいや、これくらいお安いご用っすよー」
……別にそういうつもりで一緒に帰ってきたわけじゃないけど、カゴ持たせちゃって悪かったな。
あれから幸村くんと柳くんはどこかに行ってしまって、残されたわたしたちはコートに戻ってきた。どうやら切原くんはこの後試合を控えてるらしい。
「先輩大丈夫っすか?」
「なにが?」
「…えーと、」
「……ああ、うん。大丈夫だよ」
奥歯にものが詰まったような言い方に、まーくんのことを言ってるのだとすぐわかった。
ごめんね、後輩に心配かけちゃうような駄目な先輩で。
「ね、先輩先輩」
「ん?」
うつむいてた顔を上げて切原くんを見れば、それと同時に頭の上に切原くんの手が乗った。
……なんだろう、いきなり。
「…どうしたの?」
「元気が出るおまじないっす」
「……これが?」
「はい!」
なんでこれが元気の出るおまじないんだろう。
そう思ってることがわかったのだろうか、わたしの頭を撫でながら切原くんが言う。
「俺、先輩たちによく頭撫でられてるじゃないですか」
「そうだね」
「そういう時って大体褒められてる時なんすけど、嬉しくて、元気出るんすよ」
「…わたしに撫でられてる時も、元気出るの?」
「出るっす!」
やばい、なんか泣きそう。
自分が頭撫でられると嬉しくなって元気になるからって、わたしにやられてもそれは変わらないって。
「そう言ってくれたおかげで、元気出たよ。ありがと」
「あ、マジすか。なら良かったっす!」
そう言って手を下ろした切原くんは、満足気にニッと笑う。
「そんじゃ俺、アップしてくるっす」
「うん、行ってらっしゃい」
初めて部活を見に行った時と同じように、ラケットを持った手をぶんぶんと振って駆けて行く切原くん。
…うん、少し心の傷は癒えた気がする。依然としてお腹がすごい痛いし気分も悪いけど。
「……いッ…」
やばい、すごいの来た。
なんだよ、さっきまーくんと話してる時は全然痛くなかったのに、なんでこうやって頑張ろうと思ったタイミングで痛くなるの。
もう駄目だ。
とりあえずしゃがもう、痛みか吐き気かどっちかが治まるまでしゃがんでよう。正直もう立ってらんない。立って自分の仕事やりたいけど、ちょっと、本当に無理。
「……うう、う」
やばいなあ、ぐわんぐわんしてきた。
あともうちょっとで今日の練習は終わるっていうのに、痛みに耐えながらもわたしなりに頑張ったっていうのに、なんで最後の最後でこんなに痛くなるの。
行き場のない苛立ちに奥歯を噛みしめれば、ギリッと鳴ったと同時に脂汗が背中を伝う。
お願いだから、あと30秒くらいで痛みも吐き気もどっか行ってくれないかな。
そうじゃないとわたしみんなに迷惑かけちゃ、「おい」
「わッ」
い、今のは本格的に、びっくりした。
突然声かけてくるだけじゃなくて見下ろしてきてるし。しかも、
「あとべ、くん」
最悪、なんでこのタイミングで声かけられちゃったんだろう。
跡部くんには一番、こういう姿見られたくなかったのに。
「自分の仕事もやらずに切原とお喋りしてたかと思えば、今度は休憩か。ずいぶん余裕らしいな」
う、わ。
どうしよう、一番避けたかったことが、起きてしまった。
頭上から浴びせられた言葉に、また心臓がどくんと跳ねて嫌な汗が流れた。
言い返したいのに、言い返せない。
もちろんそんな気力もないからだけど、それ以上に、心が痛い。
「俺たちは遊びでやってんじゃねえ」
違うのに。
本当につらくて痛くて気持ち悪くて、立ってることすらできないから、少しだけ休んでたのに。
わたし1人しかサポートがいないんだから、立海のみんなが一緒に来いって言ってれたのが、本当は嬉しかったから。
だから、痛くても気持ち悪くても、それは個人的なことでみんなには関係ないから、頑張ろうと思えたのに。
「やる気がない奴にいられちゃ迷惑だ」
届かな、かった。
痛みをこらえて笑ってたことも、吐き気に耐えて走ってたことも、まーくんにあんなこと言われても頑張ろうって思ってた気持ちも、みんなみんな、これっぽっちも届いてなかった。
その瞬間こぼれた涙は、拭ってくれる人もいないまま、地面にぽたりとしみを作った。