Cappuccino | ナノ


「でさあ、もうまじでやばかった!」

「はいはい」

「ちゃんと聞いてよー」

「聞いてるっつの」

「…お菓子あるんだけどなあ」

「で、他にはどんなことあった?」

「……ほんっとあんたって単純だよね」


呆れたように言ったあたしを無視して、丸井はチョコをひったくる。
これ明日も持ってきてじゃないし、自分で買えよ。
なんて思いつつも、今後の情報提供のためにも買ってしまうんだろうなあ。


「何かさあ、最初は一目惚れだったけど」

「性格もよかった?」

「うん。好きだからかもしんないけど、」


優しいし、何かもう、やばい。
自分で言っておきながら恥ずかしさを隠せずに手で顔を覆えば、丸井の呆れた声がする。


「…ま、俺もあいつはいい奴だと思うけど」

「やっぱ?わかってんじゃん丸井」

「…言っとくけどな、お前より俺の方があいつのこと知ってっから」

「だからうらやましいんだよー」


男の俺をうらやましいとか意味わかんねー。
チョコを口に運びながら言う丸井が本当にうらやましい。ううん、もう恨めしいってレベル。
柳くんに近付くためにあたしがどれだけお金と時間を使ったと思って、


「あ、そうだ」

「ん?」

「丸井にお礼言わなきゃいけなかったんだ」


もぐもぐと口を動かしながら不思議そうな顔をした丸井の手をぎゅっとつかめば、驚いた拍子にチョコを落とす。
うわ、と不満げな声が聞こえたけどそんなことどうでもいい。
思い出したからには言わずにはいられない。


「あのね、化粧と髪の毛ほめられた!」

「まじか」

「似合ってるって言われちゃったよー」


こぼれる笑み、もといにやけが止まらない。
こいつらには感謝してもしきれない、あとで仁王にもお礼言わないとな。


「幸村くんも、雰囲気変わったとか言ってくれたんだけど」

「あいつは褒めてくれたわけか」

「そうそう!」

「よかったじゃん」

「丸井も仁王も似合ってるって言ってくれたけど、身内贔屓みたいのあるのかも、とか思ってたからさー」


丸井が持つ袋からチョコをひとつ奪って口に運ぶ。
珍しく何も言わないな、と思いながら丸井を見れば、少し驚いたような顔をしながら固まっていた。


「何?」

「いや…お前かわいーな」

「は?」

「何つーか、すげー健気じゃん」


何気なく言った丸井の言葉に一瞬固まってしまった。
深い意味なんてないんだろうけど、そういうのこいつに言われたことなかったからちょっとびっくりした。


「俺、好きな子できてもたぶん髪暗くしたりしねーし」

「あー」

「仁王も多分そうだぜ、つか絶対」

「男の子はそうなのかな」

「女でもみんなやるわけじゃなくね?」

「そうかも。よく知んないけど」


暗く染める前よりもゆるく巻かれた髪を見ても、前の色なんて思い出せない。
けどこれのおかげで柳くんに似合ってるって言ってもらえたんだとしたら、あたしに後悔なんてないわけで。


「なんていうか、あれだよね」

「何あれって」

「好きな人に好きになってもらうためなら、これくらい何でもないんだよ」


お金もかけた。時間もかけた。
度重なるカラーによって傷んだ髪は、今回の染髪でさらに傷んだことだろう。
でも、それを防ぐためのトリートメントも、無駄になってしまった新しいつけまも、恋のためならいとわない。


「かわいいとか、似合ってるとか、そういうこと言ってもらえるなら何だって出来ちゃうわけ」

「だから女ってダイエットってうるせーの?」

「あー、ダイエットとかその極みだよね」


自己満もあるけど、恋愛の場合は少しでもかわいくなったって言われたいからするんだよ、と言って丸井の手からまたひとつチョコを奪う。
あ、今度は取り返された。


「すげーな女って」

「それくらい好きってことー」

「ふーん」


とはいえ、これからどうしようかな。
挨拶とかは出来る仲になっただろうけど、マネージャーでもないしクラスもそこまで近くないし、今後はどう動いていこう。


「ねえ丸井」

「あ?」

「これからどうしていけばいいと思う?」

「これから?まだ見た目変えんの?」

「違うよ、距離のつめ方ー」


あー、そういうことか。
何もないところを眺めながら、丸井は呟く。


「あいつの連絡先知りたい?」

「そりゃあ後々は知りたいけど、」

「いや、今」

「は?無理無理」


いきなり連絡先とかさすがに無理でしょ、大した接点もないんだし。
そんなの柳くんだって嫌がるに決まってるよ。
あたしのそんな思いも知らない丸井は、何で、と不満そうな声をあげた。


「丸井だったらそれでいいかもしれないけどさ、あたし有名でもなんでもないし」

「はあ?何だそれ」

「そのまんまの意味だけど」


丸井とか仁王ほどの人間だったら、きっと女の子は大喜びで連絡先を教えるだろうけど、あたし程度じゃ流石に…ねえ。
ちょっとおこがましいっていうか、なんていうか。


「とにかく、連絡先はまだ無理」

「別にそれくらい聞けばいーのに」

「じゃあ丸井は、他のクラスのよく知らない子に連絡先聞かれて教えるの?」

「あー…食い物くれる奴なら」


こいつに聞いたあたしが馬鹿だった。
そうだよね、丸井だもんねー。


「もっとさあ、徐々に距離つめられる方法!何かない?」

「そんなんあいつの視界に入るくらいしかなくね?」

「あー…」

「そうすりゃあいつの中で占めるおまえの割合も増えるっしょ」


おおう、珍しくそれっぽいこと言ってる。
まあ今の段階じゃ出来ることも限られてるし、確かに丸井の言う通りだよね。


「会ったらおはよーって言うとか、ちっさいこと積み重ねてけばいんじゃねーの?」

「そうだよねー、そうすれば意識してもらえるようになるかもだし」

「まあ俺らのこと口実に使ってもいいしさ」

「まじで?」

「そんくらい気にしねーよ」


べつに俺ら妨害したいわけじゃないし。
ポケットからガムを取り出しながら言った丸井に、何だか少し涙が出そうになる。
ありがとう、まじでありがとう丸井!


「よし、じゃあ早速実行すっか」

「え?」

「明日英語あんだろ?電子辞書借りにいこーぜ」

「ええええええええ」


ちょっと、それは急すぎる。
今日の話じゃないからまだ心に余裕はあるけど、それでも緊張することに変わりはない。


「無理無理、あたしが無理」

「大丈夫だって、俺もついてってやるから」

「ええ…そんなこと言ってもさあ」

「行動起こさねーといつまで経っても状況変わんないだろ」


まったくその通りだけどさ、さっき挨拶とか言ったばっかじゃん。
電子辞書を借りに行くのがちっさいことだなんて、到底思えないんだけど。


「適当に言えばいいって、友達に貸したまま返ってきてないとか、家に忘れたとか」

「何で俺のをって思われないかな…」

「俺が柳を提案したって言えば済むしいいだろ」


確実に持ってると思って、とか言っときゃ平気だって。
ガムをふくらませながら言った丸井に、こういう時ばっかり仁王ばりに頭働くなこいつ、なんて失礼なことを考えてしまう。


「…本当に、それでいける?」

「いけるいける」

「……なら、協力してもらおっかな」

「任せろ」


笑ってそう言った丸井はかつてないほどに頼もしい。
ほんとにありがとう、あたし柳くんに恋してから丸井のこと見直したよ。


「その代わり、明日の昼飯はおまえ持ちな」


メロンパンとやきそばパン、杏仁豆腐とイチゴ牛乳。
見直したと思ったとたんにこれかとためいきをつくあたしに、シクヨロ、と丸井はウインクをした。

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