Cappuccino | ナノ


仁王のうそつき。
幸村くんのうそつき。

あれから10分経つのに柳くんはこないし、試合はまだって言ってたのに仁王はなんか呼ばれちゃったし。
あーあ、せっかく補習頑張ったのになあ。


「はあ…」

「…誰だ?」

「 え、」


すぐ後ろというほどではないけど割と近く、あたしの数メートル後ろ。
ためいきをついた瞬間に聞こえた声は、何だか懐かしい。


「え、あ、」

「確か…仁王たちと同じクラスの」

「えっと、あ、あたし、」

「水島、か?」


ずっと聞きたかった声。ずっと見たかった姿。
振り返った先に、あたしの数メートル後ろにいた彼は、小さく笑って近付いてくる。
ちょ、ちょっと待って柳くん!
名前知ってくれてたことだけでも十分嬉しいし姿を見られただけでも幸せだってのに、そんな距離つめられても、あたし心の準備がっ!


「試合を見に来たのか?」

「あ 、えっと。幸村くんに誘われて、」

「そうか、ゆっくり見ていくといい」


やばい、柳くんにもお許しをもらってしまった。
あたしがあなた目当てに来てるなんて知らないからだろうけど、お許しをもらった以上はガッツリ見させてもらいますよ、ええ。


「髪を染めたのか」

「えっ」

「化粧も薄くなっているな」

「あっ、 う、」

「道理で誰かわからなかったはずだ」


あくまで自然にあたしの横に腰かけた柳くんは、いつもと同じ涼しい顔で笑う。
どうしよう。こんなに近くで、柳くんはあたしだけに話しかけてる。
夢にまで見た状況に、心臓がばくばくとうるさい。


「この前見た時とはずいぶん印象が違うが」

「幸村くん、にも。言われました、」

「女性は化粧でいくらでも変わるからな」


あたしの髪と顔を見ながら、柳くんは納得したように頷く。
う、顔赤くなってたりしないかな。柳くんって鋭いみたいだし、ばれちゃわないか心配になる。


「あの、えっと、」

「ああすまない、変な意味ではないんだ」

「え、?」

「似合っているぞ。俺も一瞬誰か迷ってしまった」


ぎゃあああああ!
に、似合ってるって言われた!やばいやばいやばい、心臓が口から出てしまいそう。
あああああ、仁王!丸井!たすけて!


「ところで、試合はもう見たか?」

「丸井、のは。途中からですけど、」

「そうか。なかなか新鮮だろう」

「そうですね、今まで見たこと、なかったから…」


正面の丸井たちを見て柳くんが言う。
ああ、横顔もすばらしい。何でこんな格好いいのこの人!


「あの、」

「…お前は敬語で話す癖があるのか?」

「え?」

「それなら構わないが、そうではないなら敬語を使う必要はないぞ」


同い年なのだから、気にすることはない。
そう言って小さく笑った柳くんに、どくんどくんと心臓が痛む。


「 やなぎく、」

「ん?」


あっちに行かなくていいの、と聞こうとして、口をつぐむ。


「どうした?」

「…ううん。何でもない、」


気が回る子だって、いい印象を持たれたい。
そのためには聞いた方がいいんだろうけど、一緒にいたい。まだ話したい。
どきどきしすぎて苦しいけど、それでも柳くんが隣にいる現状を、保ちたい。
だってこんな近くで2人きりで話せる機会なんて、もう二度とないかもしれないもん。


「そろそろ冷えてきそうだな」

「え、」


どうしよう、とこころの中で葛藤していると、空を見上げた柳くんが呟いた。
思わずあたしも見上げてみたけど、雲は空全体を覆っているものの、すきまから覗く空は青い。


「晴れてる、けど」

「層積雲が出ているだろう」

「そうせき うん?」

「ああ。雨は降らないだろうが、曇ってきそうだ」

「へえ…」


こんなことなら理科の授業ちゃんと聞いてればよかった。
そしたら、

「ああ、あそこの雲がまだらだもんね」
「さすがだな水島。惚れた、俺と付き合ってくれ」
「そんな突然…でもこちらこそよろしくお願いします!」

なんてことになってたかもしれないのに。
いや、ないか。
少々たくましすぎた想像力に自分のことながら引いた時、視界の端でからし色がはためいた。


「ほら、」

「え、 ?」

「そんなに薄着だと冷えるだろう。これを使うといい」


馬鹿すぎて引かれてたらどうしよう、とか考えてたけど、柳くんはそんなことは気にしてなかったらしい。
上のジャージをあたしに渡すと、柳くんは笑う。


「でもさむく、なっちゃう」

「俺は動くから大丈夫だ。気にすることはない」

「う、」

「それに女性は体を冷やさない方がいいからな」


どうしよう、死ぬほど幸せ。
受け取ったジャージからは、これでもかというくらいの柳くんのぬくもりが伝わってくる。


「 あり、がと」

「ああ。それでは俺はそろそろ行くとしよう」

「あっ、柳く、」


ぬくもりに浸っていると、座っていた柳くんが腰をあげる。
ほんの少しの寂しさに混ざりながらも呼び止めれば、不思議そうな顔をした柳くんが振りかえった。


「ん?」

「あ、の」

「どうした?」

「試合、がんばって 、」


顔を見ながら言うのはあまりにも恥ずかしくて、うつむきながら呟いた。
ちゃんと聞こえたらいいけど、声、小さかったかな。


「ああ、ありがとう」


頭上から聞こえてきた言葉に、思わず顔を上げる。
青空とまでは言えないけど、うっすらと太陽に照らされて笑う彼は、やっぱり格好よかった。

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