Cappuccino | ナノ


「おわったあああ!!」

「お疲れさん。これからはちゃんと学校来いよー」

「はーい!じゃあ先生さよなら!」


午前11時、机の上に広がった教科書やらペンを乱雑につっこんだかばんは、重いはずなのになぜか軽い。
予想よりも早く終わったって先生も言ってたし、あたしやればできるんじゃん!


「えっと、テニスコートは…」


どう言ったら近道になるのか、普段行かないだけにわからない。
ああもう、こんなことなら昨日の帰りにでもそれとなく歩いてみればよかった!


ヴーッ ヴーッ


「何だよこの忙しい時に!」


ポケットの中で震える携帯に気付いて、つい苛立ってしまう。
発信者を見れば仁王雅治。あんた部活中じゃないのか。


「もしもしッ」

『おーアリサ、もう補習終わったんか』

「ちょうど終わったとこだけど、」

『早いのう』


さすが恋の力じゃ、と電話の向こうで仁王が笑う。
ちなみに、なぜ仁王がこのことを知ってるかといえば、先日柳くんの好きな食べ物を教えてもらうのと引き換えに話したから。
ものによっては差し入れできるかな、なんて考えもむなしく、薄味のものっていうざっくりした答えが返ってきたけどね。


「で、何?」

『お前さん、コートの場所わかるんか?』

「あー…何となくわかるけど、確実じゃないから迷うかも」

『やっぱそうか。ブンとそういう話になって、迎えに行くかって話しとったんじゃ』

『仁王、アリサ何だってー?』

『やっぱわからんかもって』


あたしが反応する間もなく、丸井の声が聞こえてきた。
ごめん仁王、まじでごめん。
まさかあんたたちがそんなことを考えてくれてるとは知らず、さっさと用件言って切れよとか失礼なこと思ってたよあたし。


『で、迎えいるか?』

「抜け出したりして平気なの?」

『ブンはこれから試合じゃけど、俺は終わったとこじゃけ』

「じゃあお願い。どこいればいい?」

『昇降口でええよ。コートからも遠くないしの』

「わかったー」


じゃあ待っとる、という声を最後に切られた電話は、少し寂しくなる音を出す。
終話ボタンを押して携帯をしまえば、友達の優しさに足取りがいっそう軽くなった。



******



「ごめんねー!」

「ええよ、補習お疲れさん」

「仁王も試合お疲れ」


自分なりに急いでみたけど、昇降口についたときにはもう仁王は立っていた。
テニス部のユニフォームがどんなのかくらいは知ってたけど、仁王が着てるのは見たことはなかったからちょっと珍しいものを見た気分になる。


「何か新鮮」

「ん?」

「テニス部のジャージ着てんの初めて見たから」


からし色を指差して言えば、仁王は一瞬驚いたような顔をする。
うん、柳くん目当てにって感じだったけど、改めて考えてみると仁王たちの試合してるとこも見てみたいかも。


「何じゃ、あまりに似合ってて惚れたか」

「ないわー」

「惚れてもええんじゃよ?アリサなら俺も大歓迎じゃ」

「縁起でもないこと言うな」


笑う仁王の背中を軽くつまめば、横から痛いと声がする。
ふん、仁王が悪いんだからね。


「あ、」

「ん?」

「何か、ボールっぽい音する」


もうコートが近いのか、そう遠くないところから聞こえてくる規則的な音。
真偽を問うべく仁王を見上げれば、ああ、という声がした。


「もうすぐそこじゃよ」

「……」

「何じゃ、どうした?」


急に立ち止まったあたしに、不思議そうな顔をした仁王が言う。
数歩戻ってすぐ目の前に立った仁王のジャージをちょこんとつかめば、上から名前を呼ぶ声がした。


「アリサ?」

「…うー…」

「どうしたんじゃ」

「…心臓痛い、ドキドキしすぎて」


ここまできてなんだけど、なんか急に行きたくなくなってきた。
いや、行くけどね?でもなんていうか、心の準備が出来てないんだよ。


「行かんのか?」

「行くけどー…うう…」

「何怖気づいとるんじゃ」

「…だって、一目見れればいいとか、毎日そう思ってたのに」


邪魔するものもなくて、堪能できるとか。そんなの、心臓が壊れちゃうかもしれない。
ぽつぽつと言ったことばは紛れもなく本心で、ジャージをつかむ手もつい強くなる。


「…ッ」

「……何」

「くく…お前さんっ、どこまで乙女なんじゃ…!」

「笑わないでよ!」


こっちはまじでドキドキしてておかしくなりそうだってのに、本当におかしそうに仁王は笑う。


「大丈夫じゃよ、試合ない時は俺かブンが横にいちゃる」

「…ほんとに?」

「ホントに」


だから安心しんしゃい。
くしゃりと髪を撫でた仁王は、行くぜよ、と言ってあたしの手首をつかんだ。



******



「あ、アリサちゃん。早かったね」

「あっ、うん」


お疲れ様、と笑った幸村くんに向けた笑顔は、さぞぎこちなかっただろう。
パッと見たところ柳くんの姿は見えないからまだ余裕はあるけど、彼を見つけてしまった時、あたしの心臓はそれに耐えられるのだろうか。


「あの、あたし、どこにいたらいい?」

「そうだな…うん、あそこがいいかな」

「あ、観戦席?」

「うん。真ん中なら全体が見渡せるからね」


見渡せる。
そのことばが頭の中でこだまして、何だかほっぺが熱くなってきた気がした。


「俺まだ試合ないじゃろ?」

「うん、だからアリサちゃんと一緒にいていいよ」

「りょーかい」


じゃあ行くか、とあたしを見た仁王の後を追って、スタンドまで歩く。
ちらりと振り返ってみたけど、柳くんはまだいないらしい。


「柳ならもう来るナリ」

「え、」

「そわそわしとるぜよ。心配せんでもすぐ来る」


見透かしたように笑う仁王に少しだけムッとしたけど、まあ落ち着きがなかったのは事実だから仕方ない。
どうして今姿が見えないのかはわからないけど、テニス部内でもいろいろと役割とかあるのかな。


「もうすぐ見れるってのはすごい嬉しいけどさあ」

「心臓が破裂でもするか」

「うん、するかも」

「したらさんぼー心配するじゃろうなあ」


もうすぐ来るっていうのは、嬉しい半面少し怖い。
自分の心臓がドキドキに耐えられるのか、自信ないし。


「柳くんが心配してくれんなら爆発してもいいかも」

「その代わりあいつとの未来はなくなるぜよ」

「…やっぱやだ」

「じゃあ耐えんしゃい」


ぱぱっとゴミを払って、幸村くんに指定された場所に座る。
目だけを動かしてテニスコート全体を見るけど、やっぱり柳くんはまだいない。


「ていうか人多いね」

「他校もおるし」

「あーそっか」


丸井の試合を何となく見ながら話してると、あたしに気付いた丸井が手を振ってきた。
いや、試合中なんだから試合に集中しろよ。


「丸井もちゃんとテニスやってんだ」

「やっとるよ」

「普段見ない部分だから、ちょっと面白いかも」


ぶっちゃけテニスのルール知らないから、どういう感じで試合が進んでってるのかは全然わかんないけど。
でも知ってる人がやってるだけに、ただ見てるだけでもそれなりには面白い。


「柳もええけど俺らんこともちゃんと見んしゃい」

「見る見る」

「柳と俺らの試合がかぶったら?」

「柳くん見る」


正直じゃのう、と少し不満げに言った仁王は、心なしか楽しそうに笑う。
柳くんの姿は、まだ見えない。

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