Cappuccino | ナノ


A組側のトイレじゃなくて、わざわざ遠いF組側のトイレに行くようになったり。
ちょっと遠回りになるけど、移動教室のときはF組の前を通ってみたり。
それもすべて、一目でいいから彼を見たいという思いからだなんて、あたしほんと恋してるんだなあ。

数日前とは丸っきりちがう自分がうつる鏡を見て、そんなことを考えた。


「…アリサちゃん?」

「あ、幸村くん」


トイレを出て教室に戻ろうと歩いていたら、幸村くんに遭遇した。
うちのクラスにあいつらを訪ねてくることも多いから、会うとちょくちょくしゃべるんだよね。


「雰囲気変わったね」

「うん、髪染めたんだ」

「化粧も薄くなった?」

「つけまやめて、ちょっと薄めにしてみた」

「一瞬誰かわかんなかったよ。イメチェン?」


まあそんな感じかな、とあやふやに返したあたしに幸村くんはやわらかく笑う。
幸村くんを好きな子からしたらあたしのこの状況はうらやましいんだろうけど、あたしからしたら幸村くんがうらやましいよ。
だって毎日のように柳くんと一緒にいられるんだもん。


「幸村くんC組だよね?何でこんなとこいんの?」

「ちょっとテニス部の奴に用があってね、いま話してきたとこなんだ」

「へ、へえ…そうなんだ」


部長って忙しいね、なんて言いながら葛藤する。
柳くんのところに行ってたの?って聞きたいけど、そんなこと聞いたら不思議に思われるだろうな。
ああもう、もやもやする。


「そうだ。そういえば、さっき職員室行ったら吉岡先生がアリサちゃんのこと話してたよ」

「え、何で?」

「今度の日曜日補習だって」


最悪。
せっかくの日曜日なのに何で補習なんかあるんだよ、とためいきをつけば、幸村くんはまた笑う。


「俺たちも練習試合あるから学校なんだよね」

「…練習試合?」

「うん、他校が来るんだ」


そういえばこの前、そう、初めて柳くんを見たあの時。
今度の練習試合は…って話してた気がする。もしかしてそれのことかな。


「時間によっては会うかもしれないね」

「う、ん」

「そうだ、補習の前後でも暇だったら見においでよ。あいつらが試合してるとこなんて見たことないでしょ?」


幸村くんの言うあいつらっていうのは、きっと仁王と丸井のことだろう。
なんてうれしい提案をしてくれるんだ幸村くん、いや幸村様。


「そう、だね。うん、時間があれば見に行くよ」

「友達が来てたらあいつらも気合入るだろうし、俺も楽しみにしてるね」

「うん、わかった」


残念だけど、あたしはあいつら以上に見たくてたまらない人がいるから、試合を見に行ったとしてもあいつらは見ないんだなあ。
でも部長じきじきにお誘いされたんだから問題はないだろうし、行こう。
絶対、何があっても見に行こう。


「じゃあまたね」

「うん、じゃあね」


C組の教室に入っていった幸村くんと手を振り合って、こころの中で小さくガッツポーズをする。
嬉しい、すごく嬉しい。
もしかしたら、柳くんのことたくさん見られるかもしれない。


「なーににやにやしとるんじゃ」

「あ、仁王」

「何かいいことでもあったんか?」


ちょうど教室を出るところだったらしい仁王は、あたしの顔を見てあやしく笑う。
ふふん、そんな態度とられたってなんともないんだからね。
だってあたしは、今最高に幸せだから!


「ふふん、秘密」

「Yくんと話でもしたか?」

「話してないけど、それに匹敵するくらいのいいことがあったの」

「ほー、まあ後で詳しく聞いちゃる」

「言わないし」

「なら吐かせるまでじゃよ」


そう言って歩いていった仁王は、A組側のトイレに入っていく。
くそう、あたしはわざわざF組の方まで行ってるってのに、何だその余裕は。


「…あ、男だからか」


仁王は柳くんに恋してないんだから、A組の方のトイレ使うのも当たり前だよなあ。
恋のせいか少しおかしくなった頭をおさえながら、なぜか丸井のお菓子がひろがる自分の席についた。



******



「ねえ丸井、」

「あ?何?」

「日曜の練習試合って何時から?」


シャーペンの押す方で、目の前の席に座る丸井の背中をツンツンとつつく。
授業中だから小さ目の声で言ったけどちゃんと聞こえたらしく、あたしの言葉を聞いてわずかに不思議そうな顔をした。


「たぶん9時とかだけど、何で?」

「あたし見に行く」

「は?」

「あたしその日補習なんだけどさー、さっき幸村くんに誘われたんだよね」


前後にでも見においでって、と言えば、丸井は興味なさげにふうんとつぶやく。
ちょっとその反応傷つくんだけど。


「え、行かない方がいい?」

「あー、違う違う。俺らさ、今まで何回かお前のこと誘ったじゃん、練習とか見にこいよって」

「うん」

「お前ファンがうるさくて嫌だって毎回言ってたのに、やっぱ変わるもんだなーって思って」


至って普通に言った丸井の言葉に、何だか顔が熱くなる。
恥ずかしさと申し訳なさがあいまって視線を逸らせば、あたしの名前を呼ぶ不思議そうな声がした。


「何、お前照れてんの?」

「…いや、それもあるけど…何か悪いなあって」

「別に気にしてねーよ、実際あいつらうるせーし」

「でも何か、ごめん」

「謝んなって」


窓の外からホイッスルの音が聞こえたと同時に、先生の視線に気付いた丸井が前を向いた。

なるほど、9時くらいからか。
ちょうど補習が始まる時間と同じだけど、うちのクラスで補習受けなきゃいけないのはあたし1人だけらしいし、頑張ってさっさと終わらせれば見に行けるよね。


「…いいなあ、」


窓の外から聞こえてくる、E組とF組がサッカーをする声と音。
窓際の子をうらやましく思いながら、今後補習をしなくても済むように、シャーペンをにぎりなおした。

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