Cappuccino | ナノ


「あれ、アリサちゃんまた髪色変えるの?」


カチカチと携帯をいじるあたしに、いつも指名している美容師さんが問いかけた。


「染めてからまだ2週間も経ってないよね?」

「ちょっと色々あって」

「へえ、先生に言われたりした?」


渡されたケープをまとい苦笑すれば、「この前の色綺麗だったのに」と美容師さんが不思議そうな顔をする。
あたしもあの色気に入ってたんだけどねー。


「ちょっと好きな人できて」

「えっ、そうなの?」

「はい、昨日なんですけどね」

「へえ、学校の子?」


にやにやと緩む口元を抑えることもできず、「はい」と笑う。
前に来た時は「何か気分変えたくて」って言ってミルクティー色にしたけど、まさか次にここへ来る理由が「好きな人が出来たから」になるだなんて自分でも予想してなかったよ。


「どんな色にする?」

「あー…えっと、暗めがいいんですけど」

「じゃあこの辺はどう?」


広げられたカラー表の、美容師さんが指差すところを眺めてみる。
…うううん、やっぱ暗いな。それでも真っ黒ではないんだけど。


「いきなり黒だと不自然だし違和感もあると思うから、暗めの茶色くらいの方がいいと思うんだよね。この色からだと、黒にしても多分すぐ色抜けちゃうだろうし」

「じゃあその色でお願いします、出来れば不自然じゃない程度の色で長持ちさせたいんで」

「了解」


それじゃ、カラー剤用意してくるね。
そう言って歩いていく美容師さんを鏡越しに見ながら、数時間後には見る影もなくなっているだろうミルクティー色の髪を眺める。
美容院出たら新しいボディクリーム買いに行って、自然な色のマニキュアも買おう。
………お金大丈夫かな。


「お待たせー」

「あ、はい」

「じゃあ塗っていっちゃうね」

「お願いしまーす」


頭皮がひんやりとして背筋がゾクリとした。
何回やっても慣れないんだよなあ、これ。


「で、好きな人ってどんな人?」

「それが、もうめっちゃ格好良いんですよ!」

「お、イケメンなんだ」

「イケメンはイケメンなんですけど、何ていうのかなー…落ち着いてて、真面目な感じでー…あ、アレ。めっちゃ品があって、誠実な感じの人です」

「へえ、何か意外」

「意外?」


アリサちゃんのイメージとは何か違うかも、と言いながら美容師さんが笑う。
…これはアレか。仁王が言ってたのと同じ感じなのかな。


「友達にも言われました」

「やっぱり?」

「見た目が軽そうな友達に、『お前は俺みたいなのが好きだと思ってた』って」

「その友達もすごいね」


やっぱり美容師さんもあたしと同じことを思っていたらしい。
そうだよねー、自分で自分みたいのが好きだと思ってたとか普通言わないよねー。


「ってことは、暗い髪色はその人の好み?」

「友達情報で本人に聞いたわけじゃないんですけど、まあ雰囲気的にも、派手な子よりは大人しいっていうか落ち着いた子の方が好きそうですねー」

「なるほどね」


ぺたぺたと塗られていくカラー剤に胸が高揚する。
これがすべて終わって次に鏡を見たとき、あたしは柳くんの好みのタイプに近づけているのだろうか。


「ってことは、その人彼女いないんだ?」

「…え?」

「え、違うの?」


美容師さんの一言に、サーッと血の気が引いていくのがわかった。
うわ、最悪。丸井も仁王もその辺のところ言ってなかったけど、確認してないよあたし!


「っすいません、ちょっと電話していいですか?」

「あ、うん、いいよ」

「すいませんっ」


急いで開いた携帯をカチカチと操作し、丸井の番号を呼び出す。
丸井を選んだことに意味はない。発着信の履歴の一番上にあったからってだけね。


「っあ、丸井?」

『おー、どした?』

「あのさ、あたし聞き忘れてたけど、柳くんって彼女いるの?」

『はあ?』


素っ頓狂な声を上げた丸井は、『ちょっと待って』と言ってわたしを焦らす。
早く早く、と焦るわたしの気も知らずに『電話来たからちょっと話してくる』と誰かに向けて言った丸井は、どうやら部活が終わったばかりらしい。


『わり、今近くに柳いたんだよ』

「えっ会話聞かれてない?」

『へーきへーき。で、柳に彼女いるかって話だっけ?』

「う、うん」


あああ…ドキドキで心臓おかしくなりそう。
髪色まで変えたのに彼女いたとしたらなかなか滑稽だぞあたし、なんて思いながら丸井の言葉を待つ。


『いないんじゃね?』

「…じゃねって何だよ!」

『いや、もしいたとしたら広まってるっしょ』


相手の名前とか、と付け足した丸井に、少しだけ安心する。
…そうだよね、なんてったってあのテニス部の柳くんだもんね。


『大丈夫大丈夫、いねーよ』

「…もしいたら丸井のせいだから」

『何がだよ』

『ブン、行くぜよ』


呆れたような声を出す丸井の後ろから、聞き慣れた仁王の声がする。
ちょっ丸井!仁王にも聞いてくれっ!


『あ、仁王、柳って彼女いねーよな?』

『おらんよ』

『アリサ、聞こえた?』

「き 聞こえたっ」

『何じゃ、電話の相手アリサか』


わたしの思いが通じたのか、仁王に問いかけてくれた丸井の背後から望んでいた言葉が聞こえた。
よかった、本当によかった…ッ!


『つーか今更だな』

「いや、今髪染めててさ…彼女いるのに染めてたとしたらかなりアレじゃん」

『あー、それはアレだな』

「でもとりあえず安心した、ありがと」

『おー、明日楽しみにしてるわ』


楽しみって何だ、地味になったあたしを見て笑おうってのか。
そんなことを考えている間に切られた電話を膝の上に置き、ふうっと安堵のため息を吐いた。

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