Cappuccino | ナノ


柳蓮二、3年F組。
6月4日生まれのA型で、成績は学年トップの文学少年。


「……」

「アリサ?」

「…柳くん、か…」

「アリサ!」

「うわっ」


ぼうっと過ごす休み時間。
頭の中は彼、柳くんのことでいっぱいだった。
そんな時に突然声をかけてきた丸井に少々の殺意を抱きつつ、引っ張られた髪を引っ張り返す。


「何いきなり、つか髪痛いんだけど」

「さっきから呼んでたっつの。シカトしたのお前じゃん」

「シカトじゃないし。気付いてなかっただけだし」


ならいーけど、と定位置であるあたしの前の席に座った丸井は、棒つきの飴を舐めながらつぶやいた。
何回も呼んでたってのが本当なら、あたし相当ぼけっとしてたんだな。


「何ぼーっとしてんだよ」

「んー…ちょっとねー」

「何じゃ、悩み事か」

「あ、仁王。どこ行ってたんだよ」

「ちょっとさんぼーんとこにな」

「えっ」


さんぼー、参謀。
仁王が柳くんをそう呼ぶのは、この前聞いて知ってたけど。
柳くんのところに行ってきたってどういうこと、ちょっとその辺詳しく。


「まあ嘘じゃけど」

「はあ!?」

「ほほー、やっぱりそういうことじゃったんか」


むかつく。
俺の予想通りじゃ、と言ってあやしげに笑う仁王に対しても少々の殺意が芽生える。
嘘つくとか意味わかんない、いろいろ期待したのに。


「アリサがなあ」

「何」

「ええんか、ここで言って」

「意味わかんないんだけど、言えばいいじゃん」


仁王の考えてることがわからなくて、つい言い方もきつくなる。
何でこいつはこう遠まわしな言い方をするんだ。


「アリサ。お前さん、柳のこと好きじゃろ」

「え」


仁王のことばに、思考が一瞬停止する。
何で、どうして。急激にはやくなった心臓がうるさい。


「くく、図星らしいのう」

「ちょっ、え、何で知ってんの!」


つい出てしまった大声に、周囲の視線が集中する。
まずいまずいと心を落ち着かせるように手を当てた頬は、自分が思っていた以上に熱かった。


「…あーもう…さいあく…」

「え、お前そうだったの?」

「うるさい丸井のばか」

「へえ、お前がねえ…」

「うるさいっつってんでしょ!」


にやにやと笑う丸井がうっとうしくて、ほっぺをぎゅうっと引っ張ってやった。
なのに丸井はまったく動じず、飴が落ちないようにはしたものの、にやにや笑う顔は変わらない。


「最悪。あんたたちには絶対知られたくなかったのに」

「ばればれじゃよ」

「丸井気付いてなかったじゃん」

「ブンはばかじゃから」

「何だとこの野郎」


眉間に皺を寄せた丸井は、仁王の尻尾を軽く引っ張る。
その手がいつもより弱いのは、きっと仁王のことばなんかよりもあたしのことが気になるからだろう。


「…何でわかったの」

「この前さんぼーが教室来たときの反応で何となく」

「あー、あん時な」

「名前とかいろいろ聞いてきたじゃろ」

「え、つか何となくだったの?」

「半信半疑じゃったけど、さっきので確信したぜよ」


最悪、かまかけられたらしい。
あーもーやだ、あたしがあんなに動揺しなければ、きっと仁王には気付かれなかったのに。


「まじかー。俺、お前は俺のこと好きだと思ってたぜ」

「は?そんなこと有り得ないんだけど」

「いやあの感じは明らか俺に惚れてたっしょ」

「惚れてないから今好きな人いるんだけど。つかあの感じってどの感じだし」

「ちなみにアリサが告ってきたらどうしてたんじゃ」

「ぜってー断る」

「うわ、あんた最低なんだけど」

「いやお前のこと恋愛としてとか無理」

「こっちこそ無理なんだけど」


何だよこいつ、ナルシストか。
実際顔はいいけどさあ、お互いにこんな感じだし友達としか思えないよね。
ていうか自分で好きな人、とか言うのちょっと恥ずかしい。
恋してるんだって、改めて実感させられる。


「で、あいつのどこが好きなわけ?」

「…一目惚れ」

「意外じゃのう」

「何が?」

「アリサは俺みたいなタイプが好きだと思っとった」


そろいもそろってナルシストか。
仁王は至極当然といった顔をして、あたしに次の言葉を仰ぐ。


「…あの人、ちょー誠実そうじゃん」

「そういうのがタイプだったんか」

「軽い人は普通に嫌でしょ」


お前みたいな見た目の奴のことだよ、という意味を込めて仁王を見たけど、伝わったのかな。
実際はそんなに軽くない仁王だけど、まあ外見的にはそういう風に思われやすいよね。
前にもそんなようなこと言ってたし。


「でも見た目のギャップすごくね?」

「あたしが…えーと、Yくんのこと好きなことが?」

「そうそう、お前がYくん好きって」


茶化すように「Yくん」と言った丸井に、少しの感謝と恥ずかしさを覚える。
どこで誰が聞いてるかわかんないからこれでいいんだけど、やっぱ少しくすぐったいね。


「外見と好みは必ずしも一致するもんじゃないよ」

「そういうもん?」

「まあそういうこともあるじゃろうなあ」


不思議そうに言う丸井は、ガリガリと飴を噛みながらあたしの顔をじろじろを見る。
何だよ、化粧崩れてる?


「何?」

「いや、あいつの好みかなー、と思って」

「あー…」

「え、何それ詳しく」


丸井の言葉に思わず身を乗り出す。
鏡出してみ、と言われて素直に出したあたしは、どこからどう見ても恋する乙女だろう。


「たとえば化粧な」

「はい」

「何で急に敬語なんじゃ」

「教えてもらう立場だから」

「いい心がけじゃん」


そう言って笑う丸井だけど、そんなことはどうだっていい。
教えてくれるなら敬語も使うしお菓子もあげるから、とにかく早く教えてよ。


「で、どうしたらいい?」

「化粧はもうちょい薄いほうがよくね?」

「…確かに、そんな気する」

「髪も暗くした方がええんじゃなか?」

「やっぱり?」


茶色いシャドウに黒いライン、つけまがついた上まぶた。
うすく塗られたピンクのチークと、鏡の端に見えるミルクティー色の巻かれた髪。


「まあ人って外見だけじゃねーけどさ、事実お前はあいつの外見に惚れたわけじゃん?」

「はい」

「つまり、外見も好みに近付いといて損はないと思うんだよ」

「そうじゃな、印象って大事じゃし」


確かにそうだ、と頷きながら納得する。
化粧は薄く、髪は暗く。お財布の中に入っているお札の枚数を思い出しながら、お金がかかりそうだとためいきをついた。


「ってことで、明日からまつげは禁止な」

「まつげ?つけまのこと?」

「そうそう」

「髪も暗くしんしゃい」

「はい」


つけまはこの前新しいの買ったばっかだし、髪は染めたばっかだし。
ちょっともったいないけど仕方ないか、恋のためにはそれくらいいとわないよあたし。


「あとはー…爪とバニラのやつ」

「匂いはどうしたらいいでしょうか」

「花の匂いのやつとか売ってねーの?」

「売ってます」

「じゃあそれがいんじゃね?」


爪はうすーいピンクとかにするとして…男の子ってバニラの匂い好きじゃないのかな。
そんなことを一瞬考えたけど、ここは大人しく丸井と仁王の意見を聞いておこう。
いつもは適当にあしらってるけど、今のあたしにとって、丸井と仁王以上に信用できるものなんてない。


「つまり、今の状態から全体的に控えめにすればいい感じ?」

「そういうことだな。まあ…西田とか参考にすればいんじゃね?」


丸井の視線を追って振り返った先にいた西田さんは、化粧も薄くて黒い髪。
地味な感じは決してしないけど、落ち着いていてすごくかわいい。


「そうじゃな、西田みたいな感じがええの」

「…っていうかやめてよ、西田さんのこと好きになられたらどうしよう的なこと考えちゃうじゃん!」

「何だそれ」


うまく伝えられないけど、あれだよあれ。
好みになるために誰かを参考にしたら、その参考にしたひと自体を好きになられるかも、みたいな。
ああもう、どうしてこの微妙な乙女心が伝わらないの!


「大丈夫じゃって。男はギャップに弱いもんじゃ」

「それよく聞くけどほんと?」

「ホントホント」


楽しそうに笑う仁王は少し疑わしいけど、まあこの状況で嘘をついたりしないだろう。
普段はふざけてばっかりだけど、こっちが真剣に話してる時はちゃんと聞いてくれる奴らだし。


「ま、俺らも協力しちゃるけ、頑張りんしゃい」

「…うん」


これから忙しくなりそうだと考えながら、もうじきさよならすることになるミルクティー色を眺める。
明日には暗くなってるだなんて想像もつかないけど、


「2人とも、ありがと」


そう笑ったあたしに、丸井と仁王も笑った。

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テーマ「人外ファンタジー」
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