ふふ。ふふふふふ。
「ふふふふふふ」
「…何じゃその間抜けな顔は」
「顔緩んでんぞー」
それはお昼の休憩も過ぎ、ドリンクを配ってる時のこと。
1時間前のあのやりとりを思い出してただけなのに、なぜか呆れたような顔を向けられてしまった。
「別に何でもない。ほら、ドリンク」
「ん、サンキュ」
あまり詮索されるのも嫌だし。
そう思って半ば強引にドリンクを渡せば、ごくごくと音を鳴らしながら飲む2人。
「はー、アリサの愛情がこもったドリンクはうまいのう」
「や、俺らの分にはこもってないだろ」
「当たり前でしょ。丸井の言うとおりだよ」
「寂しいこと言いなさんな」
申し訳ないけどあんたたちに分けてあげる分の愛はないんだよね、なんて思いながら笑い合う。
うん、やっぱりこいつらとはこうやって馬鹿な会話してるのが楽しいな。
「あ、柳じゃ」
「どこッ」
「反応はやっ」
丸井の呆れ顔は無視して、仁王の視線の先を追う。
楽しみは最後にとっておこうと思って、柳くんだけにはまだドリンク渡してなかったんだよね。
…あ、いたいたっ!
「行ってくるッ」
「ん」
「行ってらー」
たった1つ、柳くんの分のドリンクホルダーが、走る振動に合わせてカゴの中で揺れる。
あと10メートル、5メートル、3メートル。
「柳くんっ」
「水島か」
どうした?
言いながら振り返った柳くんは、ノートを手に笑いかける。
「あの、ドリンクっ」
「ああ、ありがとう」
緊張で今にも震えそうな手のまま、カゴから出したドリンクを渡す。
味とか、大丈夫だろうか…
「ど、どう…?変な感じになってない?」
「変な感じ?」
「濃過ぎたり、薄過ぎたり…」
「大丈夫だ、ちょうどいい」
はああああああ、良かった…!
そういえば仁王もうまいって言ってたし、他の人だって特に何も言わずに普通に飲んでたもんね。
なんて、ホッと胸を撫で下ろした時。
「よくやってくれているな」
「えッ」
「初めてとは思えない働きぶりだ」
そう言って笑う柳くんは、またしてもあたしの頭を撫でた。
どどどどうしよう。心臓が破裂しちゃいそう…!
「しかし、走るのはいけないな」
「え、」
「頑張るのはいいがこの暑さだ。倒れる可能性もあるだろう?」
あたしの大好きな笑顔が、わずかに困ったようなそれに変わった。
ああ、そんな顔も大好きです!
…っていや、そうじゃない。柳くんは忠告してくれてるんだから!
「う、うん。そうだよね、ごめん」
「責めているわけではない、おかげで俺たちの練習もスムーズにいっているんだからな」
ありがとう、水島。
そう言った瞬間、遠くから柳くんを呼ぶ誰かの声がした。
「とにかく、無理だけはしてくれるなよ」
「う、ん。ありがとう」
最後にもう一度頭を撫でて、柳くんが踵を返す。
ああ、ああ、もう。
柳くん格好良すぎて素敵過ぎて、顔も体も熱い上に頭もくらくらしてきちゃったよ。
「…あれ?」
顔が熱くて、体が熱くて、頭がくらくらして。
加えて視界がぼやけてきたけど、これってどうして?
「…あ、」
何だかおかしい。
そう思った瞬間には体から力が抜けていて、
「水島ッ」
どこかから、誰かのあたしを呼ぶ声がする。
けどそれに返事をする気力もないあたしは、朦朧とする意識の中で目を閉じた。
******
「…う、」
パチ。
ゆっくりと瞼を開ければ、まぶしい光が目に痛かった。
「あ、起きたんか」
「…にお、う?」
「大丈夫かー?」
「まるい、も」
ここはどこだ、そう言うには見慣れ過ぎた保健室のベッドの上。
どうしてこうなったのか記憶を探れば、それは簡単に見当たった。
「…あたし、倒れたんだよね」
「ん、軽い熱中症だろうってよ」
「こん暑さでジャージなんか着とるからじゃ」
「…ごもっともだわー」
まだ少しだけ火照ってるような気がするけど、倒れる直前のような気だるさはない。
あーあ、迷惑かけ…って、ちょっとッ。
「あんたたち部活はッ」
「ああ、ちょっと抜けてきただけだから大丈夫」
「幸村の許可もとったナリ」
安心しんしゃい、と仁王が張り付いた前髪を分けるように撫でる。
ちょっと抜けてきたってことは、意識を失ってた時間はそんなに長くないんだろうな。
「朝も言ったけど、午後は高等部と合同練習でそっちのマネもいるから、お前は休んでていいってよ」
「…うん、ありがと」
正直この状態でまた手伝えって言われても難しいし、むしろみんなに迷惑をかけるだけだと思うから、そう言ってもらえて助かった。
…ま、現時点で十分迷惑はかけてるんだけどね。
なんて苦笑してると、丸井と仁王が立ち上がった。
「そうじゃアリサ、」
「ん?」
「体調が良くなったらでええから、柳に礼言っときんしゃい」
柳くん?
どうしてここで柳くんの名前が、というところまで考えた時、仁王の口元がほんのりと弧を描いて。
「お前さんをここまで運んだのは柳じゃ」
そんなこと、知りたくなかった。