ちょっと手伝ってもらうだけだから。
今朝会った時の幸村くんは確かにそう言って笑ってたし、丸井だって仁王だって、その言葉に同意してた。
なのに、
「何だよこの量…ッ」
土曜日、日差しのまぶしいお昼前。
重いカゴを持って歩くあたしの周りには人っ子一人いなくて、口からはため息しか出ない。
「あああああああ…」
きつい、まじできっつい。
こんなことだとわかってたら引き受けなかった…なんてことはないけれど、それでも少しは悩んだかもしれない。
まあ悩んだところで結果は変わらないけど。
「あとは…何するんだっけ、」
幸村くんにもらったメモを取り出すのは、着慣れないからし色のジャージのポケット。
…ふふ、柳くんとお揃い。
まあ丸井や仁王ともお揃いだけど、この際それはいいや。別にあたしあいつらのこと嫌いでもないしね。
「…あ、」
この後はドリンク作りか、なんて頭の中で考えてると耳に届いたお昼のチャイム。
きっと役所のやつだろうけど、あたしに聞こえてるんだからみんなにも聞こえてるはずだ。
つまりは、お昼の休憩タイムなわけで。
「…戻ろ」
とりあえず日陰に行きたい。
じりじりと焼けるような日射しにため息を吐きながら、あたしはコートに歩みを向けた。
******
「お疲れさん」
「お疲れー」
コートがすぐ目の前まで迫った時、あたしに気付いた仁王が汗を拭きながらそう言った。
…おい、数秒前まで笑顔だっただろお前。
「何その顔、むかつくんだけど」
「何でジャージ着てるんじゃ」
「日焼けしたくないから」
「暑苦しくて見てられん」
「じゃあ見なきゃいいでしょー」
あたしだって暑いっつの、なんて思いながら子供みたいに言い返せば、仁王は露骨に眉をしかめた。
仁王は運動部の男の子にしちゃ色白…っていうか普通に色白な方だからいいかもしれないけど、あたしはあくまでも黄色人種。これ以上黒くはなりたくないんだ。
「ああアリサちゃん、お疲れ様」
「あ、お疲れさ…ッ」
幸村くんの声が背後から聞こえてきて口を開いたは、いい、けど。
幸村くんがいたは、いいけどッ!
「大変だったでしょ。これから1時間休んで大丈夫だから」
「っう、うん」
「じゃあ蓮二、後はよろしく」
「ああ」
後はよろしくって何、どういうこと幸村くん!
そう問いかける間もなく歩いて行った幸村くんがどこに行ったのかは知んないけど、とにかくこの場には、やけににやにやしてる仁王と、焦りまくってるあたしと、いつも通りの柳くんだけが残されたわけで。
「水島」
「はっはひッ」
噛んだ。
恥ずかしさからかじりじりとした太陽のせいか、顔が余計に熱くなった気がする。
でも柳くんはそんなあたしに小さく笑いかけるから、熱はますますあがっていってしまう。
「この後のドリンク作りだが、先に教えておこうと思ってな」
「う、うんッ」
お願いします、と軽く頭を下げれば、さっきの倍くらいニヤついてる仁王が視界の隅に見えた。
ふん、お前なんて丸井とむさいお昼休憩を過ごせばいいんだ!
「それじゃあ行くか」
こっちだ、と言いながら歩き出した柳くんについていく。
はああ、後姿まで格好いい。この暑さなのに髪の毛さらさらだし、頭の形綺麗だし…
「水島?」
「は、はいッ」
「すまなかったな」
は?
突然の謝罪にそんな言葉が口から出そうになったけど、何とかこらえることができた。
でもどうして柳くんが謝ったりするんだろう。
「せっかくの休みなのに、朝早くから暑い中大変だろう」
「あ、あー…いや、うん、大丈夫、だよ」
大丈夫どころかありがとうございますって感じだよ、とは流石に言えない。
けど本当、楽しみ過ぎて昨日の夜寝られなかったくらいだ、から。
「謝らないで、あたしが好きで引き受けたんだから」
「しかし慣れないことばかりで大変だろう」
「まあそれは、そうだけど…みんな困るのもアレだし、それに、」
「それに?」
あ、やばい。
これは言うつもりないことだったのに、どうして接続詞を口にしてしまったんだ。
そう思いながらもその先を求められてる以上、言わないわけにはいかなくて。
「…この前見た時も、そうだったんだけど」
「ああ」
「あたしテニスのこととか全然わからないんだけど、みんなすごく楽しそうにテニスしてたから。見てるだけでもすごく楽しい」
最初こそ柳くん目当てだったけど。
そう心の中で付け足し笑いながら言えば、彼は一瞬目をみはって、でもすぐに大好きな笑顔を浮かべる。
「水島、」
「え?」
「ありがとう」
それは、本当に一瞬だった。
柳くんの大きな手が上がったかと思えば、それはそのままあたしの頭に乗って。
「っ、」
ああ、時間なんて止まってしまえばいいのに。