Cappuccino | ナノ


我ながら昨日は頑張った、本当に頑張った。
そう心の中で思いながら足を踏み出して、あたしは今日も学校へ行く。

彼のことを好きになってからというもの、すべてがうまくいってるような気がするのは気のせいだろうか。
お肌のためだった早寝早起きのおかげで、朝ご飯はちゃんと食べられてる。
けれど朝からたくさんは食べらんないからってヨーグルトや野菜を中心に食べてたら、心なしかお肌も綺麗になって痩せた気もする。
早起きしてるからお弁当を作る時間もできたし、何だか料理の腕も上がった予感。


「…ふふっ」


恋の力ってすごいなあ。
改めてそう思いながら空を見上げれば、少しだけまぶしいけど、これ以上ないくらいに青々としていてすがすがしい。


「んーっ…」


大きく伸びをして息を吐けば、これまで感じたことのないくらいの爽快感が全身に広がる。
そしてそれがやってきたのは、ちょうどその時だった。


「あ、アリサちゃん」

「あれ、幸村くん?」


後ろからかけられた声に振り返る。
やばっ伸びしてるの見られてたか、なんて冷や汗みたいなものが流れた気がしたけど、どうやら気にしてないらしい。


「アリサちゃんって家こっちの方だったんだ」

「そーそー。幸村くんも?」

「うん。そこの角曲がったところなんだ」

「…え」


そこって確かめっちゃおっきい家じゃん。
幸村くんちってお金持ちなんだ、と言いかけて口をつぐんだ。
だってほら、いつの間にかあたしの横に立つこの人は、こんなにも輝かしいオーラを放ってる。


「アリサちゃんの家ってどの辺?」

「うちはここの2本向こうの通り」

「知らなかっただけで結構近所だったんだね」

「だねー」


同意の言葉を口にしてみたものの、なんていうか、一瞬にしてものすごい距離を感じた。

うちは私立だから経済的に余裕がある家庭の子たちは確かに多いけど、幸村くんはそれに加えてイケメンで、それなりに頭も良い。
そんな幸村くんが部長をしているテニス部は、経済的な面や学力こそ知らないものの、恐れ多くなってしまうほどのイケメン揃い。
あたしの想い人だってその例に漏れることなくイケメンだし、学年トップをとれるほどの秀才だし、あの上品さだからきっとお家だってお金持ちなんだろう。

それに引き替えあたしはどうだ。
貧乏でこそないものの彼らの家庭と肩を並べるほど裕福とは言えないし、学力だって下から数えた方が早い。
でもそれ以上に嫌なのは、自分自身の性質だ。


「………………」


自分に自信がないから濃い化粧で本来の顔を隠して、やっと薄くなったと思ったら好きな男に気に入られるため。
本当の自分の髪色に近づいたのだって、言葉遣いに気を付けてるのだって、みんなみんな好きな男に好きになってもらうためだ。

…こんなにせもので塗り固められたあたしを、彼が好きになんて、


「アリサちゃん?」

「えっ、あ、何?」

「もう着いたよ?」


幸村くんの声に顔をあげれば、確かにそこには学校があった。
…あれー、あたしいつの間に電車乗ったのかな。


「ずいぶん考え込んでたね」

「あ…あー、うん、ちょっとね」


苦笑しながら返せば、「アリサちゃんのそんな真面目な顔初めて見た」と言わた。
…これが丸井とか仁王だったらもうちょっとハッキリ言ってやるのに、幸村くんだとなぜか言う気が起きない。何でだ。


「…あれ、っていうか、」

「ん?何?」

「幸村くん、今日部活は?」

「すごい今更だね」


笑いながら言う幸村くんは、「今日は臨時で朝練なしなんだ」と続けた。
ふうん、なるほどね。
普段の丸井たちの様子と"臨時"という言葉から察するに、休みは滅多にないんだろうな。


「…あ、そうだ」

「ん?」

「あのさ、土曜ってアリサちゃん空いてる?」


突然そう言った彼の顔を見れば、いつものようにふわっとした笑顔を浮かべてる。
土曜って…いきなり何だろう。


「何で?」

「部活の練習の時に手伝って欲しいんだよね、マネージャーとして」

「……は?」


ちょっと意味がわかんないですね。
頭の上にハテナを浮かべぽかんとしてるあたしだけど、幸村くんはにこにこ笑うばかりで。


「情けない話なんだけど、食べたお菓子が賞味期限だいぶ過ぎてたみたいで、マネージャーが全員体壊しちゃってね」

「へ、へえ…」

「とりあえず平日は朝練と放課後の部活だけだからいいけど、土曜は丸1日部活だからさ」


お願いできないかな、とかわいい笑顔で言う幸村くん。
せっかくの休みなのに…という思いがないわけでもないけど、…いや嘘、そんなものない。
いきなりのことでびっくりしただけで、むしろありがとうございますって感じです。


「困ってるん、だよね」

「うん、そうなんだ。もちろん無理にとは言わな、」

「大丈夫、ちょうど暇だったから」


幸村くんの言葉をさえぎるようにして言えば、彼は少しだけ目を丸くして、でもすぐにまた笑顔を浮かべた。
…どうしよう。テニス部と、柳くんと、日に日に距離が縮まっていってる。
すごく嬉しくてたまらないんだ、けど。


「これだけとんとん拍子だとなあ…」


ちょっと不安になったり、なんて。
そうため息を吐けば、隣の幸村くんが不思議そうな顔で「何の話?」と問いかけてきた。


「あーいや、うん、別に大したことじゃないよ」

「そう?」

「うん、気にしないでー」


こんな嘘で塗り固められたあたしだけど、幸せというのは続くものだ。
そう思ってたその時のあたしは、これから起きる最悪な出来事なんて、まだ知る由もない。

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -