Cappuccino | ナノ


「そうだ柳」

「ん?」

「こいつに電子辞書貸してやってくんね?」


屋上での昼食も終わり、丸井と仁王に挟まれながら教室に戻っている時のこと。
ちょうどF組の前に差し掛かった時、あたしに何の断りもなく、丸井はそう口にした。


「ちょ、丸井!」

「え、お前忘れたって言ってたじゃん。俺らこの後英語なんだけどさー、こいつ家に忘れたらしいんだよ」

「え、や、あの」

「構わないぞ」

「えっ」


あたしのことなのに、なぜかあたし抜きで進んでいく会話。
丸井はたまにこういう強引…というかそれっぽいところはあるけど、今回はまあ、結果オーライってことで許そう。
っていうか感謝してもしきれないです。


「少し待っていろ、今持ってくる」


そう言ってあたしたちに背を向けた柳くんは、教室の中に入っていく。
あああああ、ど、どうしよう!いきなりのことでテンパりはしたけど、すごく嬉しい!


「な?だから大丈夫だって言っただろ」

「いやもうほんと、いきなりで超びっくりしたけど、っ」


ありがとう、本当にありがとう丸井。
あたし今ならあんたに500円までなら何でも買ってあげたい、お昼おごったから実際にかってあげはしないけどッ。


「待たせたな」

「っあ、」

「わりーな柳、サンキュ」


ニッと笑いながら丸井が言えば、良かったのう、と言わんばかりに背後の仁王が背中を小突く。
ああ、ああ、何だか手が震えちゃいそう、緊張で。


「え、と、あのっ…ありがと、柳くん、っ」

「気にするな」


柳くんがそう言ったのと同時に、予鈴のチャイムが響き渡る。
ああもう、せっかく柳くんが目の前に、こんな近くにいるっていうのに!空気読めよ予鈴!


「んじゃ、また後でな」

「ああ」


そう言って歩き出した丸井と仁王。
柳くんだって丸井の言葉に返事をしたんだから、本当なら、あたしもそれについていかなきゃいけないのに。


「あのっ、柳くん、」

「ん?」


けれどあたしが歩き出さずにいるからか、席に戻らないでいる柳くんの優しさに、胸がドキドキして。
もしかしたら自分に都合よくとらえているだけなのかもしれないけど、それでもあたしは、


「電子辞書、本当に ありがとう」

「…ああ、」


優しくて穏やかに笑うあなたが、本当に大好きです。



******



「まままま丸井ッ、仁王もッ」


急いで教室に戻ったあたしは、柳くんの電子辞書を胸に抱き締め奴らを呼ぶ。
…何かすごいにやにやしてるけど、今はそんなのどうだっていいッ。


「何じゃアリサちゃん、顔赤いぜよ?」

「俺らが先に行った後に愛しのYくんにキスでもされたかぁ?」

「黙れ死ね!」


それだったらどんなに良かったか!
…っていやいや違う、そうじゃない!


「あんたらが歩いてった後あたしもすぐに教室向かわなかったからかわかんないけど、自分の席戻んないでいてくれたッ」

「…はあ?」

「そんだけか」


どんだけ失礼なんだこいつらは。
丸井と仁王の言葉に少しだけ眉をひそめたけれど、あたしの胸の高鳴りがおさまることはない。


「もしかしたら『こいついつまでいんだよ早く教室戻れよ』って思ってたかもしんねーぞ?」

「彼はそんなこと思いません、断言する!」

「盲目じゃのう」

「盲目だなあ…」


ふん、何とでも言うがいい。
にやにやしながらアホみたいなことを言った丸井は一瞬で呆れたような顔になったけど、そんなこと関係ない。


「あ、」


ちょうどその時鳴った本鈴に、散り散りになって席へつく。
ふふ、柳くんの電子辞書。柳くんがいつも使ってる、柳くんがいつも触ってる、柳くんの私物!


「…ふふ」


好きな人の私物ってだけでどうしてこんなにも愛しいのだろう。
彼の電子辞書を抱き締めながらハートをまき散らしていたあたしは、丸井が引き気味な顔で見ていたことなんて、知る由もない。

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