「また喧嘩したの?相変わらずだね」
「…うるせえよ」
せっかく手当てしてあげてるのに。
かわいくない反応をする静雄にちょっとだけむかついて、消毒液のついたティッシュを思い切り頬の傷に押し当てる。
「…ってぇ」
「ふん。静雄が悪いんだからね」
「何でだよ」
ああ、大人っぽくはなったけどやっぱり変わらないなあ。
怪訝そうにわたしを見る静雄に、そんなことを考えた。
「懐かしいね」
「あ?」
「高校の時も、よく手当てしてたっけ」
わたしと静雄が出会いは高校、つまり来神ね。
今は他校と統合されて学校名が変わってしまったのがちょっと悲しいけど…まあそんなことはいいとして。
高校2年のある日、わたしと静雄は保健室で出会った。
毎日のように臨也と喧嘩していた静雄は常に生傷が絶えなくて、しょっちゅう保健室に来ていたらしい。
けどその時はあいにく保健医が会議で不在、委員の仕事のため訪れたわたしは保健医に代わり?を頼まれ、一時的に保健室にいたのだった。
もちろん切り傷とか、簡単な手当てしかしちゃ駄目だったんだけどね。
「あー、懐かしいな」
「あの時は毎日のように喧嘩してたもんね」
「俺からは何もしてねぇぞ」
「わかってるよ。相手からふっかけてくるんだもんね」
それからわたしたちは、急激に距離を縮めることとなる。
まあ喧嘩してたところに居合わせちゃったり、怪我してる静雄を見かけて絆創膏をあげたりしたからなんだけど…
とにかく、(静雄はある意味有名人だったから)わたしが一方的に知っていただけだった関係から、会えば話す仲になり、気がつけば時折一緒にご飯を食べたりするようになっていた。
「卒業してからは全然だよね」
「あいつとやり合うことも減ったからな」
「ほんと、怪我した時にしか来ないんだから」
はい終了、と腕の傷を絆創膏の上からパシッと叩けば、「いてっ」と小さな声を上げて睨まれる。
ふん、どうせ反射で言っちゃっただけで痛くなんかないくせに。
それにこの程度でビビッてたら、こんなに長い間静雄と関わってなんかいらんないよ。
「…悪かったな、生傷耐えない迷惑な奴で」
「そういう意味で言ってるんじゃない」
「じゃあどういう意味だよ」
「それくらい自分で考えなさい」
多分静雄は、怪我をした時に押しかけてくることについて言われたんだと思ったのだろう。
けどそれは違う。
確かに怪我をしないに越したことはないけど、高校を卒業した今もこうして静雄がわたしを頼ってくれるのは嬉しい。
嬉しいんだ、けど。
「わかんねえ」
「…本当に、ちゃんと考えた?」
「おう」
わずかに真剣そうな顔をした彼にため息を吐けば、静雄が不思議そうな顔をする。
…どんだけ鈍感なのよ。
「怪我した時に来てくれるのは嬉しいよ。たとえ小さい怪我だとしても岸谷くんの方が確実なのに、わたしのとこに来てくれるんだから」
「…そうか」
「けど静雄、怪我した時しか来ないんだもん。あてにしてもらえるのは嬉しいけど、ちょっと寂しいかな、ッ」
ここまで言ったんだからもういいだろう。
そう思いながら飲み物を取りに行こうと立ち上がれば、手首が掴まれギリッと音を立てた気がした。
何にだなんて、考えるまでもない。
少しだけうつむいた静雄が、わたしの手首を掴んでいる。
「…静雄?」
「……」
どうしたのかな、と痛む手首をさすりながらしゃがみこんで覗き込めば、わずかに赤くなった顔を隠すように顔を背けられた。
え、どうしたの。そう言おうとした瞬間彼はわずかに口を開き、
「怪我なんて、口実なんだよ」
「…え?」
「…理由がねえと、来づらいだろ」
恥ずかしそうに言った静雄に、わたしまで顔が赤くなったような錯覚を覚える。
だってそれって、
「静雄、怪我してなくてもわたしのところ来たかったの?」
「…わざわざ言うな馬鹿」
「だってちゃんと知りたいんだもん」
相変わらず顔を背けている静雄の両頬を包むようにして、強引に視線を絡ませる。
う、わ。
さっきは“変わらない”なんて思ってたけど、こんな静雄、見たことないよ。
「………ンだよ」
「あの、さ」
「………」
「これからは、怪我してなくても、来ていいよ?」
その方が、わたしも嬉しい、し。
途切れ途切れにそう言えば、静雄がわたしの両手を掴む。
返事とばかりに触れられた唇は、少しだけ血の味がした。