倒れ伏したクィレルの肩がビクリと震えた。ターバンがずれる。


『鈴緒……お前は、鈴緒か……?』


 布越しにくぐもった、懐かしい――聞き覚えのあるそれよりも深みを帯びた声が訊ねた。

 本体であるクィレルが、私を見て驚きに目を見開いた。『小早川きょ……』と擦れた声で呟いている。きょ、何だ?


「その呼び方を私以外の誰かに許してるって言うなら、私以外のその誰かさんよ」

『お前だな』

「うん。超久しぶりー。元気してた? 私が消えた後アブラカタブラの生え際後退させた?」


 尻もちをついているクィレルを、腰を屈めて見下ろした。でも見てるのはクィレルっていうよりその後頭部だな。


『この姿を見て元気だと判断するような馬鹿でもないだろう? アブラクサスはとっくに死んだわ』

「知ってるけど、後退させたか後退させなかったかはとーっても大切な問題なのよ」


 輝くデコ、見たかったと呟いたら、後頭部の寄生虫が哄笑した。


『お前は変わらないな――体があれば茶会とでも洒落こんだだろうが、今はそうも言ってられん。また会おう、鈴緒』

「また会う時はちゃんと自前の本体で来てよね」


 別れの挨拶を交わす。クィレルはターバンを元の位置に戻し、私にペコリと一礼して扉に走って行った。








「なんでクィレルってば、あんなに慌てたんだろ……」


 尊敬と、畏怖と。先輩に従う後輩のような目をしてた。クィレルって体育会系だったっけ? それ以前に私、クィレルの先輩になった覚えないんだけど。







 足を怪我してるくせに走って私を探しに来たセブと手をつないで、過去で過ごした二十年間とこっちで刻んだ十一年を想う。

 すまんな、ヴォルディー。私はあんたに協力できないし、する気もない。あんたと過ごした時間の方がセブとのそれよりどんなに長くても、どんなに密度が濃かったとしても、私は『お父さん』の方が大切だから。


「セブ」

「どうした、レイノ」

「早くクリスマスにならないかな」


 私はセブを見上げた。セブは足が痛いくせに、平気そうな顔をして隣を歩いてる。


「家に帰りたいよ」


 ハリーの姿を見れば、運命を思い出す。家かどっかに引きこもりたい。セブと一緒に、運命の輪から外れてしまえれば良いのに。


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