11


 寮に戻ろうと、ハリーたちは歩き出した。今フィルチに見つかったら減点どころでない気がした。鎧をめちゃめちゃに倒してきてしまったし、逃げたから。


「おお〜ぅ」


 歩き出したとたん、空き教室から誰か出てくるのか、ノブがガチャガチャ鳴る音がした。四人の足は止まる。――ピーブズだった。


「黙れ、ピーブズ……お願いだから――じゃないと僕たち退学になっちゃう」

「真夜中にフラフラしてるのかい? 一年生ちゃん。チッ、チッ、チッ、悪い子、悪い子、捕まるぞ」


 初めこそ強気に命令したが、この小男に命令できるのは血みどろ男爵と校長先生だけだと思いだし、腰を低くして頼んだ。だがピーブズは聞かず指を振った。


「黙っててくれたら捕まらずにすむよ。お願いだ、ピーブズ」

「フィルチに言おう。言わなくちゃ。君たちのためになることだものね」


 聖人君子のように胸の前で手を組み、祈りを捧げるようにピーブズは言った。でも、目には意地悪な光が輝いている。


「どいてくれよ」


 ロンが鋭い口調でピーブズを払いのけようと手を振った。ピーブズの目がキラリと光る。






「生徒がベットから抜け出した!――妖精の魔法教室の廊下にいるぞ!」





 さっきの鎧の倒れる音よりもはるかに大きな声で、フィルチの耳に届いていることは疑いようもなかった。ピーブズの下をくぐり抜け走り出す。廊下の端――ここは行き止まりだ!


「もうダメだ!」


 唯一の教室は、鍵がかかっていて入れない。逃げ場はない――もうダメだ、ハリーもそれを確信した。


「おしまいだ! 一巻の終わりだ!」


 呻くロンを押しのけ、ハーマイオニーがハリーの杖を構えた。ひったくるように取られたせいでハリーの手は無意味に浮いている。

 背後からフィルチの足音が近づいていた。


「ちょっとどいて――アロホモラ!」


 鍵が開いた。四人は雪崩れのように教室に潜り込んだ。素早く扉を閉め、耳をそばだて外を窺った。


「どっちに行った? 早く言え、ピーブズ」

「おねがいします、と言いな」


 フィルチが詰問するのをスルリと逃げて、ピーブズはいやらしく言った。


「ゴチャゴチャと言うな。さあ、連中はどっちに行った?」

「お願いしますと言わないなら、なーんにも言わないよ」


 ハリーは夢中で祈っていた。フィルチ、『お願いします』だなんて言わないで、さっさとどこかへ行ってしまって、と。


「仕方がない――お願いします」


 言った、と思った。だけど、ピーブズはやはりピーブズだった。


「なーんにも! ははは。言っただろう? 『お願いします』と言わなけりゃ『なーんにも』言わないよって。はっはのはーだ!」


 ピーブズが消える時のいつもの音と、フィルチの悪態が聞こえる。助かった、とハリーは安堵の溜息を吐く。


「フィルチはこのドアに鍵がかかってると思ってる。もうOKだ――ネビル、離してくれよ!」


 さっきからずっとハリーのガウンを引っ張っているネビルを振り返れば、その背後のモノもしっかりと目に入った。――悪夢だろうか。今日はもう一生分くらいのスリルを体験したと思うのに、まだ続くのか?

 低く喉を鳴らすように、三つの頭を持った犬が唸った。犬は巨大で、廊下をギッチリと体で埋め尽くしている。涎が床に小さな池みたいな水たまりを作っていた。


「――」


 四人は言葉もなくその廊下を飛び出した。悲鳴を上げる余裕などなかった。フィルチに見つかったとしても、命まで奪われることはない。だけどあの犬なら、ハリーたちをその三つの頭で一人ずつ食べてしまえることだろう。犬の胃袋に収まるのは御免こうむりたかった。







 太った貴婦人がいぶかるのにも答えず、四人はその日の冒険を終えた。談話室がこれほど安心できるとは思いもよらなかった。


「あんな怪物を学校の中に閉じ込めておくなんて、連中はいったい何を考えてるんだろう」


 ハリーは身を震わせる。校長先生はちょっとお茶目なだけの――良識ある人だと思っていたのに。

 ロンが肘掛け椅子に深く座ったまま、顔も上げずに答える。


「世の中に運動不足の犬がいるとしたら、まさにあの犬だろうね」

「あなたたち、どこに目をつけてるの?」


 ハーマイオニーが馬鹿にしたように言った。彼女の息はもう落ち着いていて、態度も普段とそう変わらなかった。


「あの犬が何の上に立ってたか、見なかったの?」


 そしてハーマイオニーに叱りつけられ、三頭犬が仕掛け扉の上に立っていたと知る。


「グリンゴッツは何かを隠すには世界で一番安全な場所だ――たぶんホグワーツ以外では……」


 七百十三番金庫の中身の像が、薄らと見えてきた。


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