3 「ごらんよ! ロングボトムのばあさんが送ってきたバカ玉だ」 マルフォイが草むらから拾い上げたのは透明なガラス玉のような物――思い出し玉だ。 「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう」 ハリーは静かに言った。視界の端のレイノがどうでも良さそうに欠伸している。髪をエスカルゴに結い上げた少女が砂遊びを始めた。 「それじゃ、ロングボトムが後で取りにこられる所に置いておくよ。そうだな――木の上なんてどうだい?」 「こっちに渡せったら!」 マルフォイは今ここにいないネビルを嘲笑して、ハリーを流し見た。ヒラリと箒に跨り、飛び上がる。グングンと上昇し――樫の木の梢の高さまで行ってしまった。 「ここまで取りに来いよ、ポッター」 どうだ、来られないだろう、と柄を上下させるマルフォイをレイノも見上げた。 「ドラコ、落ちても助けないからね」 「えー? 何で?」 砂遊びをしている少女が首を傾げたのに「だってドラコは普通に飛べてるから、落ちても助けが入るなんて思ったら気が緩むでしょ」とレイノが答えている。ハリーはどうしてか、レイノに心配されているマルフォイが酷く憎たらしく感じられた。 まるで、レイノに心配してもらえる権利を横取りされた気分だ。 「ダメ! フーチ先生が仰ったでしょう、動いちゃいけないって。私たちみんなが迷惑するのよ」 箒に跨ろうとしたハリーにハーマイオニーが叫ぶ。ハリーは聞こえなかったふりをした。苛つきと義憤がハリーを突き動かしていた。 宙に浮くと、ハリーは今までに感じたことのない高揚感に満たされた。自分は飛べるのだ――飛ぶことこそ、僕の意義だ、とまで思える。 「こっちへ渡せよマルフォイ。でないと箒から突き落としてやる」 「へえ、そうかい?」 レイノも助けないって言ってたしねと脅せば、せせら笑おうとしたマルフォイの顔が強張った。 前かがみになってマルフォイに突っ込めば、危ういところで避けられる。鋭く宙で一回転し、振り返った。下から拍手が聞こえた。 「クラッブもゴイルもここまでは助けに来ないぞ。ピンチだな、マルフォイ!」 そう言えば、マルフォイは思い出し玉を高く放り投げた。そして稲妻のように地上に降りていく。 ハリーは確かに思い出し玉を視認していた。まるで世界の全てがゆっくりになったように感じられる。だんだんと落下の速度を速めていくガラス玉を追い、柄の先を地上に向けて駆ける。風を切る音が聴覚を支配した。ハリーの世界はこの瞬間、ハリーと思いだし玉だけだった。 地面と正面衝突する直前に目標を捕獲し、ハリーは草むらに転がるように着陸した。心臓がドキドキと打ち、やり遂げた達成感に笑む。 「ハリー」 「?! レイノ?」 声に目を向ければすぐそばにレイノが立っていた。慌てて上半身を起こす。 「思い出し玉はまた買える。でも命は買えないんだよ、ハリー」 「それってどういう――」 どういうこと? と訊ねようとして、校舎から走ってきたマクゴナガル先生に叫ぶように呼ばれ遮られた。 「ハリー・ポッター……!」 |