１ 欠伸を噛み殺しながら荷物のカートを引く。今は朝の八時で、入学を控えて睡眠時間のサイクルを整えていた私だけれどやはり眠かった。乗り場に人の姿はなく、私の引くカートがガタガタと騒音を出すばかりだった。 どうしてこんな早くに乗り場――キングス・クロス駅９と４/３番線にいるのかといえば、セブの、いや、ジジイのせいだ。生徒の乗ってこない時間帯を指定して、生徒には聞かせられないことを会議するらしい。学校ではクィレルがお留守番してるらしいし、どうせ賢者の石のことについての話に違いない。さっさとターバン剥いちゃえば良いのだ。そしたらセブが面倒なことせずに済む。 ハリー達は確か、後ろの方のコンパートメントに座るはず。どこらへんなのか細かいことは分からないけれど、とりあえず後ろに行っておけば正解だろう。鳥かごの中の羽毛が暇そうに鳴いた。 適当なコンパートメントに入り、通路側の端っこに腰かけた。羽毛が構えとうるさいが気にしないことにして、私は目を閉じた。 それが旅の始まりとも知らず…… ガタガタ！ という揺れに私は目を覚ました。地震か？ ヨーロッパなのに？ と思いつつ周囲を確認すれば、どうしてだろうか、懐かしいホグワーツ特急の中だ。 「え……アレ？」 私はホグワーツの教師になった覚えなどない。どうして今頃――三十路にもなって、特急に乗らねばならないんだ？ 「あ、起きた？ ごめんね、ぐっすり寝てたから起こさなかったんだ。勝手に入らせてもらったけど、良い？」 「え、はあ、うん」 どうしてこのガキは、年上の私にタメ語使ってんのか。無礼な奴め、誰だ。と思いつつしょぼしょぼする目を擦って見やれば、ハリー・ポッターがそこにいた。あれ？ まだ生まれてさえなかったよね。どうしてそんなに成長してんの？ 「前にマダム・マルキンの店で会ったよね？ 僕はハリー・ポッター。こっちはロン。ロナルド・ウィーズリー」 「レイノ・スネイプ、よろしく」 私は理解した。『帰ってきた』のだ、私の生まれた時代に。それにしても急な帰還だな、ヴォルディーにさよならも言えんかった。ヴォルディー怒りそう。絶対怒ってそう。 周りに当たり散らして地団駄踏んでる気がする。ごめんヴォルディー、不可抗力だ。まさか午後の茶会の約束をすっぽかすことになるなんて思いもよらなかったんだ。昼寝したのが悪かったのかな。 隣に座っている赤毛のそばかすはロン――分かりやすい見た目だ。痩せててひょろりと背が高い。頭の赤いホワイトアスパラみたいだ。 正面に座るのは黒髪に緑の瞳なハリー。一歳位まで毎日しつこいくらい見ていた顔と本当にそっくりだ。ヤニさがった気色悪い笑顔を思い出す。『パパでちゅよ〜』は本気でウザかった。 「スネイプ！ 僕、兄さんたちから聞いたことあるよ！ 魔法薬学の先生と同じ名前だ！」 「家族だよ」 知っていたけど、なんて不躾な奴なんだ、ロナルド。凄く陰険な奴だって聞いた！ とか娘に向かって言うか？ 陰険ってのは否定しないけどさ！ 「車内販売よ、何かいりませんか？」 えくぼのおばさん――あのシーンか。ハリーのした『お菓子全種類コンプリート』だが、私にはできん。虹色に輝くクッキーとか着色料を気にしてしまう。それに外国のお菓子ってのは大概甘すぎる。前にチョコレート食った時は歯が溶けるかと思った。 私は自分の手作り弁当を取り出す。そういえば腹が減っていた。駄目だ、記憶としては二十年も前のことだから、何を作ったかなんて思いだせない。何作ったっけ？ 和食希望。 「お腹空いてるの？」 「ペコペコだよ」 ハリーは座りながらかぼちゃパイの包装を破り、かぶり付いた。弁当箱の中身は卵のサンドイッチで、作ったのは自分ながら絶望した。醤油っ気が足りないんだ！ 醤油味噌、鰹節と昆布のお出汁！ 家でもわざわざ取り寄せてた位なのに、ホグワーツで和食が出るはずがないよ……。 「ママったら僕がコンビーフは嫌いだって言っているのに、いっつも忘れちゃうんだ」 卵サンドで沈んでいる私を尻目に少年二人は食料の交換を始めた。ヴォルディーに合わせた食生活送ってたから、久しぶりに和食、と願った私が馬鹿だった。期待は脆くも崩れ去った、仕方無い、卵サンド食うか。 もそもそと（でもさすが私が作っただけあって美味しい。ふはははは自画自賛！）サンドイッチを胃に流し込み、一息つくとハリーがお菓子の攻略に乗り出した。 「これなんだい？」 ハリーの手には蛙チョコレート。やけに生々しい蛙型のチョコレートだが、私は食べたことがない。蛙の形にする必要性はどこにあるんだろうか？ 気持ち悪くて食べられやしないよ――私みたいな普通の感性の持ち主ならね！ 「まさか、本物のカエルじゃないよね？」 「まさか」 「まさか。でも、カードを見てごらん。僕、アグリッパがないんだ」 三人が三人『まさか』っていうのはギャグみたいだな。 「なんだって？」 ハリーが困ったように顔をしかめるのを見てロンは分かったようだ。蛙チョコの説明を始めた。蛙チョコはグロくて好かないけど、こういう形で過去の偉人を学ぶのは良いことだと思うよ。カードだけくれないかな、誰か。チョコはいらないってか、食えないから。 「マーリンとか、聖ジョージとかもカードであるはずだよ。そういえばジジ――ダンブルドアもカードになってるはず」 「ジジ？ この人がダンブルドアなんだ！」 「ダンブルドアのこと知らなかったの！ 僕にも一つくれる？アグリッパが当たるかもしれない……有難う……」 でもさ、聖ジョージって実際はローマ人に腐ったベーコン売りつけてたごろつきなんだよね。どうして讃えられているのかね。 「いなくなっちゃったよ！」 「そりゃ、一日中その中にいるはずないよ」 欲しい？ ってロナルド君や、ハリーにカードを差し出しているがね。それはもともとハリーが買ったお菓子であって、君が「貰う」立場なんだよ。モリーが嘆くよ。躾が足りなかった、って。 その後は百味ビーンズに話題が移り、ネビルのヒキガエルが逃亡したくだりも過ぎた。ついでに私は百味ビーンズを丁重に断らせていただいたよ。車内でリバースする気はさらさらなかった。 |