11 尺太郎お義父さんのおかげで、授業には苦労せずついていける。予習はばっちりだからあとは復習さえしっかりすれば良いのだ。今日の授業も、もう知ってる範囲内だった。 「今日は世に言う惚れ薬を作ります。言ってしまえば相手の心拍数を異常に上げる薬ですから、心臓の弱い人や高血圧の人に使うのは殺人未遂になりますよ」 一限につき一時間半の授業の二時間目は薬学だった。ほほんとした口調でさらっと恐ろしいことを言う先生はどこかに百八の煩悩を捨ててきたような雰囲気をした中年で、噂によるとタイで男の証拠を切ってきたとか言われてる。男女のペアで作ることになり私は日向君と組んだ。単に席が近かったからなんだけど、おませな女の子の中には私を羨ましそうに見る子もいて申し訳ないよーな他人の色恋沙汰には巻き込まれたくないってかそんな気持だった。ツンデレは傍目だから気楽に萌えてられるのだ。 「よろしく、日向君」 「ああ」 というわけで、日向君とは慣れ合いすぎず離れすぎずの微妙な距離を置いて薬を作ってたの……だけど。妙にゴマをすったり気を使ったりしなくて良いもんだから、気が凄く楽だった。つい、楽しく話しに興じてしまったのだ。 「お前、これ完成したら誰かに飲ませるつもりなのか?」 漢方は基本的に粉末――粉薬だ。成分は一緒でも粉薬の方が怪しげな液体より飲みやすいと思うんだけどどーだろう。オブラートとかに包んで流し込めば楽だろ。惚れ薬をごりごりとすりつぶしながらそんなこと考えてたら、横で私と同じくゴリゴリやってる日向君が聞いてきた。 「誰にも飲ませる気はないけど――これ、低血圧症の薬にならないのかな」 心臓が元気に動けば指先の冷えとかも解消されるんじゃなかろうか。 「もし低血圧の奴身近にいるんなら飲ませてみれば良いだろ。もしかしたらお前に惚れるかもしんねーけど」 「尺太郎お義父さんとかどうかな。春なのに布団が冷たいって言ってたよ」 でも、もし尺太郎お義父さんが私に惚れてみろ、恐ろしいことになる。流石に五十近い年齢差を乗り越える決心はつかないよ。 「校長は駄目だろ、流石に」 日向君がうっすらと笑んだ。元の造りが良いから格好良いな……笑顔って言ったらセブ、今どーしてるんだろ。将来陰険美中年になるだなんて思えないくらいピュアな笑顔のセブ。レイーって私にまとわりついてくるセブ。アイリーンたちの喧嘩を怖がってしがみついてきたセブ……ううっ何で私、セブに嫌われちゃったのかなぁ? 私何かしたんだろうか? 誕生日プレゼントに書いてるうちに色の変わってくインクを上げたのは子供っぽ過ぎたのかな。 「うーん、じゃあそこらへんの犬とかに飲ませてみる?」 いかんいかん、思考が逸れた。 「その犬が低血圧かってどうやって知るんだ?」 「なるほど、そーだった」 惚れ薬にしかならないじゃないか。 惚れ薬は先生が小指の先に付けて舐めて合格か不合格か見てった。私も日向君も合格だった。陽菜ちゃんと片平さんも合格して、授業が終わった後は日向君と別れて三人で食堂に行った。 |