転生前に兄ちゃんと会った場所――全部がマーブルに溶け合った様な空間から、私は落ちそうになってた。右腕一本で『床』にしがみ付いてて、足は宙をブラブラしてる。


「九年ぶりやな」


 兄ちゃんがいた。兄ちゃんの鋏の先っぽがちょっと床と融合してて、現代アートっぽい。


「見てないで助けてよ! 落ちる落ちるっ!」


 体重を腕一本で支えてるんだ、落ちそうで凄く怖いんだけど!


「このまま落ちてもた方がエエんかもしれんで? これからの道は苦労ばっかりや――俺が言うんやから間違いない。今ならまだ『死ねる』。死なへんか?」


 兄ちゃんは私の手のすぐ前にしゃがんだ。糸目は感情が分かりづらいけど、どうしてか悲しそうだって思った。


「兄ちゃんが何を言いたいのか、良く分らん」


 右手を、床に爪を立てるように力を込めた。


「でも私は、死んじゃ駄目なんだ。セブが待ってるから」


 生まれたその時から精神が確立してる私と、あの環境で心を育てなきゃいけなかったセブとじゃ、大きく違うんだ。なまじあの環境を見て知ってるから、余計想像は難しくない――私がいない歴史で辿る、セブの歩みが。


「これが『一回だけのチャンス』やと言うても?」

「一回だけだろうが二回だけだろうがそんなのどうでも良いよ。私は生きたい。それだけが願いなんだ!」


 兄ちゃんが私を引き上げた。私は床にへたりこんだ。右腕が死にそうだよ悲鳴を上げてるよぉぉぉ……!


「しゃーないなァ。まだ今のうちやったら死ねたのに――これでもう、あんたは死ねへんよーなった」


 兄ちゃんの言葉に引っかかりを覚える。


「死ねないってどういうこと?」

「そのまんまの意味や。この鋏は人の魂を刈る鋏や――鋏で鋏は切れへん。意味分かるか?」

「死ねなくなる――そういうことか」


 私の魂が鋏と同化していってるんだろう。だって、兄ちゃんのあの巨大な鋏の先端のちょびっとが床と溶けあってるんだもん。


「頭のエエ子は嫌いやないで」


 人間はつまり簡単に切れる紙製の床の上に立ってるようなもので、死神はそれを切って魂を落とす。私の床は鉄製になってしまって、死ねなくなるんだ――と、兄ちゃんは説明した。


「でもまだ九年やからな、鉄になっとらん部分もあるわけや。それがあっこ」


 私が落ちかけた場所を指差す。


「でも今度死ぬことがあっても、もうそん時にゃ全部鉄製になっとるやろうから死ねへん。まあ一回死ぬわけやから魔力とか体力とかつこて蘇るんやけどな」

「ふぅん……」


 納得して頷いてると、兄ちゃんは手をパンパンと叩いた。


「そろそろ時間や。ほな、頑張ってきーや」


 周りの闇が崩壊していく。


「ねえ、兄ちゃんの名前は何?」

「スーパーフルエティ、蛇足や。ほなな」


 目を閉じて、開けば。花園先生が私を覗き込んで――驚愕に目を見開いていた。


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